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オーストラリア紀行-メルボルン編

1999年12月31日の夜行便でシドニーに飛び立ったのがオーストラリア行きの初めでした。この日はミレニアムを迎える時で世界中のコンピューターに異変が起こるかも知れないとのうわさが広まり飛行機利用者が激減し、そのおかげで我が便もガラガラでした。そして予定通りの到着でコンピューターへの信頼性が高まった感じを受けました。

さて、この時はシドニーに数日の滞在後、レンタカーでキャンベラ経由でメルボルンへ行き1週間ほど滞在しました。ということで今回はメルボルンについてお話しましょう。

この町はなんと言っても緑豊かな町で、ガーデンシティと呼ばれています。メルボルン市内の80パーセントを緑地が占めており、大小450もの公園やガーデンが点在しています。どの公園も手入れが行き届いており行政が力を入れていることがわかります。しかし、緑豊かな公園でも日本の公園のように遊戯器具は殆どありません。それでも週末には多くの家族がバーベキューや昼寝を楽しんでいます。そして園内の電熱式のバーベキュースタンド(ストーブ)は無料で使えます。

ロイヤルボタニックガーデン

そうそう、もうひとつ無料のものがあります。市内中心部を長方形型に巡回する市電(トラム)です。トラムは運転手のみで自由に乗り降りが出来、切符のチェックは車内の検札機のみです。故に無賃乗車もあり得ます。最新の情報では中心部を走るとラムすべてが2015年1月1日より無料になったということです。

トラム(市電というより広告塔?)

市内は長年イギリスの統治下にあったためイギリス風の建物が多く、クラシックな落ち着いた雰囲気が漂っています。特に英国聖公会、カトリック教会の聖堂は圧倒的な威容を見せています。さらに大きな特徴として、人口の半分近くがオーストラリア国外で生まれたか国外で生まれた親を持ち、230以上の言語や方言が話されています。つまり移民多国籍の都市ですので人種差別がまったくありません。

聖パトリック大聖堂

この点でも世界で一番住みやすい街と言われる所以と言えるでしょう。

その住み易さの表れかも知れませんが服装です。服装の基本はTシャツ、ショートパンツにビーチサンダルの超軽装ですがレストラン、ホテルどころか教会のミサもOKです。少々寒い日が来ても明日は暖かくなるだろうからとセーターは着ません。ただし冬のメルボルンは南極からの風が吹きますのでかなり寒く、やむなくコートは着ます。

スポーツにおいては、全豪オープンテニス、F1レース、メルボルンカップ(競馬)の開催地で知られています。特にF1レースは市内のアルバートパーク内の湖の周回路で行われます。レース日以外はパブリックゴルフ場やピクニックやサイクリング公園で、全く違う目的で利用する感覚がオーストラリア的といえるのかも知れません。周回路は通常は一般の車道で、すぐ脇にはフェンスの無いゴルフ場のティーグラウンドがあります。フックやスライスボールは危険この上ありません。それでも平然とプレーするオーストラリア人、大らかさかも知れません。

チャイナタウン

メルボルンのもうひとつの顔は食の町、「食都」です。とにかく世界中の民族が暮らしているのですから世界中の食事が出来ます。イタリア、中国、ベトナム、インドレストランは多くどの店も美味しいです。特に各国の居留地にあるレストランでは本国以上と言われています。
最後に、メルボルンの年末カウントダウンの花火の豪華さです。1月1日0時にはダウンタウンの5,6箇所の高層ビルの屋上から一斉に花火が打ち上げられます。花火は地上から天に上がるものと思っていましたが、ここではビルの屋上から大砲のように真横に打ち出されます。 中心部の橋の上からは360度どこを仰いでも寸断の無い花火だらけです。とにかくすさまじい発射のため15分で玉は尽きてしまい、あっという間の天空ショウです。

ところで、最近の新婚旅行といえばハワイ、しかし10年以上前はオーストラリアのゴールドコーストでした。この変化の正確な理由はわかりませんが、たぶん為替レートと言葉のためでしょう。ワイキキの殆どのレストランには日本語のメニューがありますがオーストラリアでは和食店以外では見たことがありません。更に服飾のブランド店も少なく日本人好みではないのかもしれません。当然ハワイのほうが行きやすいということが言えます。

美食と安くておいしいワイン、緑の中でのんびり過ごす時間を楽しみたい人にとっては最高の町でしょう。