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2024年度 六甲OB職場訪問 報告書

2024年度 六甲OB職場訪問

2025年3月29日

六甲学院 進路指導主任 森本 亮介

 

0.はじめに

 

2022年度から始まった六甲OB職場訪問は、3年目となりました。今年度もこれまでと同じく、東京・大阪・神戸を訪問先として選定し、各地でご活躍のOB の方々によるご案内の下、諸先輩方がその職業を選ぶにあたった経緯や仕事の魅力について、在校生たちに対してご紹介いただきました。これから 2学期において控えている文系・理系選択、ひいては将来の職業選択への指針として、大いに子どもたちの心を揺さぶる貴重な経験をさせていただいたように思います。

今回ご多忙の折、後輩たちのために訪問を快く受け入れていただきました OBのみなさまに感謝申し上げます。また、今年も学校と OBをつなぐ窓口として、伯友会事業委員会の岡本剣さま(46期)・青田雄弘さま(50期)には多大なお力添えを賜ることになりました。

この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。(森本 亮介)

▲2024年8月5日実施の大阪研修で関西電力を訪れた84期生たち

 

1.神戸研修

日時:2024年8月1日(木)

訪問先:川崎重工株式会社 神戸本社(神戸市中央区) 神戸地方裁判所(神戸市中央区)

協力 OB:青田雄弘さま(50期)、藤原唯人さま(50期)

引率教員:溝内千尋(理科)、森本亮介(社会科)

引率生徒:23名

 

概要

昨年度は5名の参加にとどまった神戸研修ですが、今年度はそれを大きく上回る 23名が参加希望を申し出ました。8:30にJR神戸駅前に集合し、一同、最初の訪問先である川崎重工へと向かいました。

川崎重工では、50期青田さまがわれわれをお出迎え下さいました。すでに会議室にはスタッフのみなさまが六甲生を出迎えるご準備をして下さっており、川崎重工の歩みや研究開発されているものについて、わかりやすくご紹介いただきました。その後、作業着への着替えを済まし、敷地内の工場見学へと向かいました。普段目にしない巨大な設備の数々に、驚いている生徒たちの表情が、印象的でした。

正午過ぎに工場を後にし、神戸地方裁判所に向かいました。神戸地裁横にある「兵庫県弁護士会館」にて、50期藤原さまと合流いたしました。藤原さまは最初に、ご自身の経歴をご紹介されたあと、弁護士のお仕事などをご説明下さりました。その後、藤原さまが事前にお手配をいただき、実際の刑事事件を傍聴する機会をいただきました。50分ほどに渡る傍聴でしたが、生徒たちはみな「自分事」として食い入るように裁判の展開を見守っておりました。ある生徒は、「実際の裁判を傍聴させていただき、また実際に弁護士として働いていらっしゃる藤原さんの貴重なお話も伺え、その実態の一部をきちんと自分の目で見て耳で聞けたことで、進路を考える上でとても参考になりました」と語っていましたが、今回の訪問で何かを学び取ってくれたように思います。

▲50期青田さまが生徒たちにいきいきと仕事をご紹介

 

▲50期藤原さまには法廷見学でもお世話になりました

 

生徒たちのアンケートから

・なりたい職業は一切決まってないけど、今後の理系文系選択の機会になれたと思う。

・圧縮機等の複雑な機械の制作現場を見学し、仕組みが非常に難しいなと感じました。

・川崎重工では、開発と経理で理系、文系どちらでも働けることが分かった。

・船やバイク、エンジンの説明を聞いた。内容がとても難しかった為、理系に進んで、同じようなことをしてみたくなった。

・神戸地方裁判所では、実際の裁判を見ることができ、弁護人、被告人、裁判官も法律を理解していて、法律のプロであった。藤原さんのご説明を聞いて、弁護士は、難関な試験を突破し、他にも苦労があり、それらを乗り越えたエリートしかなれないことが分かった。しかし、サリン事件等、自らの安全も脅かさかねない、少し危険のリスクも他の仕事よりは、大きいと思った。

・理系の会社にも人事部などの文系の人もいて、また、ほとんどみんなが自分のやりたいことを学生時代から決めているとわかった。

・川崎重工業の工場見学は概ね予想通りであったが、実際の裁判傍聴は少し驚いた。一般公開されているとはいえ、普段なかなか行く機会がない裁判の様子をこうして見学できたことはとても貴重な体験であったと思う。

・川崎重工では、世界最先端の技術力を目の当たりにし、未来を見据え、新たな技術を切り開こうという意気込みをプレゼンで感じました。神戸地方裁判所では、初めての裁判の傍聴ということもありとても緊張し、検察官や、弁護士の方の迫力で汗が出ました。貴重な体験ができ、多くの学びを得ることができたと思います。

・川崎重工の取り組みや製品などを知り、理系分野の面白さを学べた。

・自分は文系に進もうと思っていて、川崎重工には関係ないと思い込んでみたが、実際には文系も理系もさまざまな人が協力して、一つのものを作り上げているというのが面白かった。

・裁判がその人の更生を助けることを知った。

・裁判を傍聴し自分が思ってた裁判とは違い「こういった裁判もあるのか」と思った。

・今までフィールドワーク系の企画には参加したことがなかったけれど、応募してよかったと思いました。

・やはり実際に体験してみないと、その仕事の雰囲気を知ることができず、仮に体験せず、後からその仕事が合わず辞めるのでは既に遅く大変な思いをすることになるので、やはり実際に体験するということが大切だと思いました。

・午前午後の職場見学を通してどんな職業にも価値とそれゆえの責任があり、あるのは個々の向き不向きだけなのだと漠然と感じた。進路について考える際に貴重な経験になると思う。

・今までこういった学校主催のイベントに積極的ではなかったけど、今回行ってみて自分の進路が固まったので良かったです。

 

2.大阪研修

日時:2024年8月5日(月)

訪問先:パナソニックホールディングス株式会社(大阪府門真市) 北浜法律事務所 大阪事務所(大阪市中央区北浜)     関西電力株式会社(大阪市北区中之島)

協力 OB:宇田研一郎さま(50期)、覺道佳優さま(62期)、久留島聡さま(51 期)

引率教員:青木竜生(英語科)、森本亮介(社会科)

引率生徒:19名

 

概要

今年度の大阪訪問も昨年度と同じく、酷暑に見舞われました。大阪市内では最高気温 35度以上を記録しており、真夏の猛暑日でした。そのような中、門真市から大阪市内まで、数多くの職場を見学させていただきました。

最初に訪問をしたパナソニックホールディングスでは、宇田さまのスライドによる事業紹介のあと、パナソニックミュージアム(松下幸之助歴史館)の見学などを行いました。宇田さまは生徒たちの質問を受ける前に、「こういった場で最初に手を挙げる人になって下さい」と、メッセージを投げかけておられました。

続いて北浜の、北浜法律事務所に場所を移しました。覺道さまはまだ生徒たちと年齢の近いこともあり、軽妙な語り口で生徒たちをぐいぐいと引き込み、自身が弁護士になるまでの軌跡をお話し下さいました。とくに事前にご用意いただいていた「弁護士クイズ」には、生徒たちも真剣な眼差しで挑んでいたのが印象的でした。

北浜を後にし、次に中之島の関西電力に向かいました。入り口では久留島さまと高堂さま(73期)が生徒たちを出迎えて下さり、会議室へご案内いただきました。ガイダンスのあと、電気の安定供給を担う場である中央給電指令所の見学と、操作のシミュレーションをさせていただきました。またその後関西電力に勤める複数の OBが 84期生のために時間を割いて下さり、グループトークをご計画下さいました。

▲Panasonic ミュージアムで記念撮影(50期宇田さま)

 

▲覺道さん(62期)による弁護士クイズ

 

生徒たちの質問一つ一つに対し、丁寧にご回答いただきました。生徒たちにとって、非常に貴重な経験をさせていただいた 1 日だったと思います。

 

生徒たちのアンケートから

・関西電力では理系と文系が半々で運営されていることに驚きました。

・文理両方に言えることだが、いい大学に入れば選択肢が増えるということを学んだ。後、英語はとても重要。

・よく名前を聞く大企業にいけたことでそこにはたくさんの人達がいて、文系・理系関係なく楽しく働くことができるのだと知れたこと。

・関西電力で最後に行った、OBの方々とお話しできたことが良かったと思う。

・職場というものをあまり見たことがなかったので、とてもいい刺激になった。

・行くところ1つ1つが非常に可能性を感じられる職業ばかりで、とても面白かった。

・時代が進むにつれ働きかたが変わっていること

・将来就きたい仕事は全く見通しがなくて、心配していたが、OB の先輩のアドバイスにより、安心しました。今すぐ決めなくても少しずつでいいと言われました。弁護士の方の話を聞いて、とても合点のいくところが多々ありました。また、クイズはとても面白く、やはり法学系は好きなんだなーと思いました。引き続き法学系は他の職業も調べます。

・どこの企業も解放的でアットホームな印象を受けた。

・社会には様々な職業があり、さらにその中でも部によってやることが分かれていることに気付いた。また、今までは興味がなかった職業でも実際に話を聞いてみると興味が湧くものもあり自分の将来の可能性が広がった。

・パナソニック、北浜法律事務所、関電のいずれも中枢部を見学することができ、それぞれの職業の気風を知ることができた。また、関電での社員の方とのお話は自分の雲を掴むようだった悩みを言葉にすることができ、大変有意義なものになった。

・法律の問題が楽しかった

・様々な職場に足を運べたので自分がいつか働くときのビジョンが少し見えた

・それぞれの企業で施設の違いや、必要な技術が全く異なることを知れて良かった。

・勉強することがとても大切だ、ということ

・”Panasonic のミュージアム見学で昔の製品を見ている中で初めて見る物もあれば見たことあるけど最近見ない物などがあって友達と話が盛り上がりました。

・北浜法律事務所での講話の中で実際の事例をもとに罪に問われるかなど考えるのは意外と分からなくて、答えを教えてもらって時の納得感が楽しかったです。

・関電のシミュレータールームで普段できない体験ができてとても興味が湧きました。

 

3.OBの皆さんへの六甲生からのお礼

神戸研修 青田さま(50期)へ

・すごく広くて立派な会社でした

・バイクめっちゃかっこよかったです。貴重な時間と貴重な場面を見させていただいて感謝しています。

・お忙しい中、川崎重工について詳しく教えて下さり本当にありがとうございました。船や飛行機、電車だけではなく、水素エネルギーやバイクに力を入れており、重工業での技術を活かした高効率のエンジン等を開発したことにとても興味深いと感じました。

・今回は工場内に入るという貴重な体験をさせて頂きありがとうございます。

・今回の工場見学で日々の生活に重要な場所で川崎重工の製品が使われていることがわかりました

・会社のご説明や、生産品について詳しいご説明ありがとうございました。工場見学など、貴重な体験もさせていただき、勉強になりました。

・本当にありがとうございました!

・バイクや船など、まだ自分たちの身近には無いものから、日常的に使っている電車やゴミ処理施設との関係性までわかりやすく説明していただいて、とても興味深かったです。

・お忙しい中、私たちのためにお時間を割いてくださり、ありがとうございました。

・川重は船や飛行機ばかりを作っていると思っていましたが、先輩方のプレゼンや工場を見学して、電車や下水処理場など、身近なところにもカワサキの製品が使われていることを知り、とても驚きました。

・普段、学校では数学や科学といったいわゆる「勉強」を学んでいますが、今回、学校の勉強では学べない製造業のリアルを知ることができ、大変勉強になりました。今回は貴重な体験をさせていただき、本当にありがとうございます。

・今回わざわざ時間をとって僕たちのためにプレゼンなどをして頂いてありがとうございました。

・お忙しい中今回の職場訪問を企画してくださり、ありがとうございます。最初、会社内に入るときに、数回 IC カードでゲートをくぐり、まるで自分が会社に入社したような気分になりました。工場見学では、川崎重工業は日本でも数少なく潜水艦を建造していると聞いていたのですが、壁の向こうで実際に潜水艦が整備されているのを見て、仰天しました。また、各作業場の壁に、その作業場の責任者の名前などが書かれた紙が貼ってあるのが目に入り、生活感があるというか、本当に日々ここで仕事が進んでいて、自分はその仕事の裏側を実際に見ているんだなあと思いました。今回の職場訪問を通して様々な学びを得ることができました。文理選択で参考にさせて頂きます、改めてありがとうございました!

・工場見学や製品の説明を実施して下さり有難うございました

・大変貴重なお話と機会をいただきありがとうございました。自分は身勝手ながら文系に進もうと思っていたので、勝手な先入観で川崎重工様には関係ないと思っていましたが、実際には文系の方も、理系の方も皆さんで協力して、一つのバイク、船、エンジンなどを作っていることを感じられて、とても面白かったです。また物の構造などを考えることが苦手な自分でもわかるように機械の説明をしていただき、興味深く、楽しかったです。進路を決める手助けになりました。本当にありがとうございました。

・普段中々見れないような現場を見せていただきありがとうございます

・工場見学という貴重な機会を下さりありがとうございました。

・今回の職場訪問を企画してくださりありがとうございました。

・将来の自分の夢に関わった仕事を見学できて色々興味を持ち、船以外にも様々な物を作っていることを知れた。

・貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。仕事内容などを知れて興味が湧きました。

・父が一昨年まで下水処理場で働いていたので最後の話がとても興味深かったです。

・交通機関や輸送関連などの今では世界中で使用されている物の工業の会社の工場を見て、とても細部まで詳しく行なっており、すごく感激しました。そして今でも引き続きもっと上を目指すという方針で、やりがいもかなり感じているようで、とてもいい会社だと思いました。そして、社員の声も本社に届き、採用されているようで好感を持てました。

・この度はお忙し中、このような経験をさせてくださりありがとうございました。そして、参加したそれぞれが何かしらの学びを得られ、自分自身もとても得られて本当にいい経験になりました。

・度々にはなりますが、本当にありがとうございました。

・工場見学から色々な説明までとても興味深かったです将来就職したいとまで思うようになりました。貴重な体験ありがとうございました。

・平日の忙しい時間であったにも関わらず私たちのために準備していただきありがとうございました。この度の職場訪問、特に工場の見学は大変印象に残りました。金属製の足場が架けられた頭上から器具が所狭しと並ぶ足元まで至る所で響く機械音は、この職業の意義の核心を肌で感じさせてくれました。この体験は秋の文理選択や将来の進路選択に際して大いに参考になってくれると確信しています。繰り返しになりますが快く私たちを迎えてくださりありがとうございました。

・工場見学の際は文系の自分にも分かるように噛み砕いて説明してくれて助かった。

・シャツとタオル愛用してます!!

・カワサキの工場内を見学するなどの貴重な体験が出来てよかったです

 

神戸研修 藤原さま(50期)へ

・お忙しい中、司法機関について詳しく教えて下さり本当にありがとうございました。裁判における裁判官、検察官、弁護士のそれぞれの役割や手順を踏まえた上で、裁判の状況を正しく理解することが出来たことで、文理選択を決定する良い経験となりました。

・今回は貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。

・法廷の中に入ることはとても楽しかったです。

・ざっくばらんなお話で、すごく分かりやすいご説明でした。大阪府知事と同期であることには、驚きましたが、文理選択だけでなく、社会勉強にもなりました。ありがとうございました。

・本当にありがとうございました!

・ 裁判の構成や手順を詳しくまとめていただいて、とても分かりやすく裁判を聞けました。

・弁護士として、人の罪に関わっていて辛かったり、やめようと思ったことはないのですか?

・お忙しい中、私たちのためにお時間を割いてくださり、ありがとうございました。実際の裁判を傍聴するとは事前に聞いていなかったので、少し驚きました。

・普段、裁判の様子はテレビやドラマで見る機会があり、知っていることも多いと思っていましたが、実際の裁判を見て、まだまだ知らないことがあると気づかされました。とても驚くと同時に、大変勉強になりました。

・私はこれまで理系分野に主に興味があったのですが、先輩のお話を伺い、実際の裁判を傍聴しているうちに、法律にも少し興味がわきました。今回は貴重なお話と体験をさせていただき、本当にありがとうございました。

・お忙しい中、実際の裁判を見させてもらったり、見学をさせていただいたりして、有意義な時間になりました。ありがとうございました。

・お忙しい中今回の職場訪問を企画してくださり、ありがとうございます。今まで他人の裁判を無料で傍聴できることなど聞いたことがなかったので、初めての傍聴となり、とても新鮮な体験でした。裁判中はやはり被告人の方、そのご家族の境遇や苦難を想像してしまい、耳を塞ぎたくなってしまう時もありました。しかし、社会でそういったことは実際に起きていて、自分たちがその問題としっかり向き合い、社会をよりよくしていく必要があるとも思いました。今回の職場訪問を通して様々な学びを得ることができました。文理選択で参考にさせて頂きます、改めてありがとうございました!

・刑事裁判の傍聴や法廷内を見学する機会を与えてくださり有難うございました

・大変貴重なお話と機会をいただきありがとうございました。自分は弁護士や法律に携わる仕事にとても興味を持ってはいたのですが、実際にその分野に関わっている人が身近にはいなかったので、その実際の様子などは分からずにいて、なかなか進路を考える上では漠然とした憧れのままだったのですが、今回の OB 訪問会を通して、実際の裁判を傍聴させていただき、また実際に弁護士として働いていらっしゃる藤原さんの貴重なお話も伺えて。その実態の一部をきちんと自分の目で見て耳で聞けたことで、進路を考える上でとても参考になりました。また裁判の傍聴の後にその裁判で知っておいた方がいい点として「検察官、弁護士、裁判官の全員がこの人(被告)がよくなるように考えて動いていた」とおっしゃられた時に、なんて素敵な職業だろうと思いました。貴重な体験とお話をありがとうございました

・多くの質問に答えていただきありがとうございます

・裁判を傍聴させて下さりありがとうございました

・裁判でもテレビで見るような物もあれば今回傍聴した裁判など色々な種類があることを知り、また多くの人が裁判に関わっていることがわかった。

・一つ疑問に思ったのが裁判所に入る時手荷物検査をしたがどういった物が持ち込めないか気になった。

・貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。実際に法廷の中に入ることができたのが、とても嬉しかったです。

・裁判でこれからの再犯対策を話し合っていたのが意外で驚きました。

・法学関係には個人的に興味があり、今回実際に裁判を傍聴するという機会が得られて良かったです。そして個人的に思っているよりもっと静かで、言葉で表すのが難しいような空気で、自分にとっては少し苦しかったです。この時に自分はこの仕事を楽しくやっていけるような気もせず、やはり実際に体験してみないとわからない部分も多く、今回体験でき、本当に良かったです。ただ、まだ時間はあるので、他の法学関係のものを調べ、向いているものがないか探してみたいと思います。

・この度はお忙し中、このような滅多にない経験をさせてくださりありがとうございました。そして、参加したそれぞれが何かしらの学びを得られ、自分自身も人生でもう二度とないかもしれない経験ができ、とても充実した時間になりました。

・度々にはなりますが、本当にありがとうございました。

・普段経験や見ることのない法廷への招待や法定見学後の質問会含め全てが新鮮でした。

・大人になり時間があれば法定見学に行きたいなと思いました。貴重な経験ありがとうございました。

・私たちのために平日にも関わらず時間を割いていただきありがとうございました。実際の裁判を傍聴席から見る体験は秋に迫った文理選択の貴重な判断材料になりました。法廷には被告人を追及する検察官と弁護する弁護士の争う場、という先入観がありましたが、それだけという訳ではなく、被告人を検察と弁護士が共同で正しい道に戻す場所という性質もあることを知ることができ、法学に対する印象も変化したように思います。繰り返しになりますが快く私たちを迎えてくださりありがとうございました。

・藤原さんがお話されていた「被告人がどんな人間であれ、法の下に平等に接する」という言葉が凄く心に残った。

・将来、法学部に進学することに興味が湧いてきた。

・お話とても参考になりました。

・元々法律系の学部に進学したいと考えていましたが、これから勉強をする時、目標とするものが藤原さんのおかげでより一層定まりました。

・ありがとうございました。

・裁判の傍聴など滅多に出来ない貴重な体験が出来てよかったです。

 

大阪研修 宇田さま(50期)へ

・お忙しい中、企業理念について詳しく教えて下さり本当にありがとうございました。パナソニックでは最先端の技術を用いた研究のみならず、お客さんを招いての、オープンなオフィスの重要性に気付き、対話を通じた次世代の開発体制に感銘を受けました。

・職場訪問ではありがとうございました。僕は最初 Panasonic では、開発職しかぱっと思いつきませんでしたが、話を聞いて他にもいろいろな分野に分かれているということを知れてよかったです。

・100 年を超える老舗のブランドでありながら常に未来を見据え最先端を走り続ける姿勢に驚かされました。

・貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。私はものづくりイズム館に興味が湧きました。機会があればまた行ってみたいと思います。

・とても職場に興味深いものがあり、小さな箱庭社会みたいで面白かったです。

・正直あんなところで働いているのがとても羨ましかったです!

・Panasonic が行おうとしていることや、それを実現するためのラボ自体の設備などの解説がわかりやすかったです。ありがとうございました。

・僕たちのために時間やお部屋などを貸していただきありがとうございました。

・今まで思っていたパナソニックさんとはいい意味で違うなと思いました。

・グリーンインパクトなど知らなかったことを伺え、将来役に立つと思います。

・パナソニックの商品は日頃からよく使わせていただいており、今回どんな会社なのかみたいと思い、いくことにしました。施設の多くは木でできており、自然を味わいつつ、落ち着くような空間した。そのように他の部屋でも鑑賞植物を置くことなど様々な工夫が施されておりとても良かったです。また、作った製品は実際に社員さんが試し、問題がないなら、実際に採用するというのはとてもいいと思いました。そして、実際に社員さんが使ってもっと良くしたり、改善できるのが良いと思いました。多くの社員さんが使えば使うだけ製品の質も高くなるので。個人的にとても理想的な空間で良かったです。

・この度はお忙し中、このような経験をさせてくださり、ありがとうございました。そして、今回参加したそれぞれが何かしらの学びを得られ、自分も今回製品を作るにはこれぐらいお客さんに寄り添い、試行錯誤する必要があるのだとわかりました。

・多くの部屋を案内してくださったり、様々な質問に答えていただきありがとうございました。

・お忙しい中ありがとうございました。パナソニックは大企業ということもあり、会社の中でも様々な仕事があるのだと分かりました。家の中を見るとパナソニックの商品があり、日々支えられているのだと実感しました。

・平日の忙しい時間であったにも関わらず準備してくださりありがとうございました。自分の家にもあるパナソニックの製品が生み出される場所を実際に見ることのできる機会はとても貴重なものになりました。私も最初に質問できる人間になることを目指して勉強を頑張っていこうと思います。

・Panasonic のことを教えて下さってありがとうございました。

・先日はありがとうございました。会社の創業から今後の指針まで教えてくださり、Panasonic がどういう会社なのか、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

・色々な考えの人の意見を聞くためのスペースを作っていたり、会社の中で実験的なことをするスペース、AI を使って空調を操作していることなど、とても興味深いお話でした。

・この度はとても貴重なお話をいただきありがとうございました。僕自身は文系に進む気でいるのですが、宇田さんのどの道にすすんでもいいから今はアクセルを踏む時期だというお言葉を聞いて、迷わずに考えて文系に進みたいのでしっかり勉強しようという気になりました。今回は大切なお時間いただいて誠にありがとうございました。

・家にある家電の多くが Panasonic 製品で、それが作られている現場を見ることができてよかったです。

 

大阪研修 覺道さま(62期)へ

・お忙しい中、弁護士について詳しく教えて下さり本当にありがとうございました。法律のクイズがとても難しかったですが、微妙な情景を汲み取り、正しく判断することが大切であると思うと共に、法律が意外と面白いなと感じることが出来ました。

・職場訪問ではありがとうございました。僕は最初理系に進むつもりだったので、あまり意味がないと思っていました。しかし、話を聞いたり、クイズ形式で解説してもらい、弁護士というまた違う職業について聞けて面白かったです。

・自分が法律に興味があるということもありましたが、弁護士本人から話が聞けてとても勉強になりました。

・貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。法律のクイズ、面白かったです。

・大学や弁護士のリアルな話を聞けて本当に面白かったです。訪問中行っていた通り一緒に訪問にいった双子の弟は法学部を目指しているので、一緒に目指すのもありかなと思いました。

・弁護士が実際に受けた事象のクイズというのはなかなか目にすることのない内容で、法律にも興味が湧きました。ありがとうございました。

・貴重な時間とあの大きな部屋とクイズや分かりやすい解説ありがとうございました。

・文系には興味があまりなく、弁護士とかも授業で習ったことぐらいしか知らなかったので、とてもためになりました。

・法学関係の職業はとても気になっており、そのためかクイズを考えるのはとても楽しかったです。ただ、自分は裁判の際の静かな空間が苦手だったので、それ以外の法学関係の職業に自分の合うものがあるか探そうとおもいます。そして、今回行かせていただいた事務所はとても清潔で綺麗でまた大阪を一望できとてもいい施設でした。

・この度はお忙し中、このような経験をさせてくださり、ありがとうございました。そして、今回参加したそれぞれが何かしらの学びを得られ、自分も今回クイズを通して、過去にあった事件と比べる大切さがよくわかりました。このクイズをする際になんか似たようなことがあり、殺人罪になってたなーと思ったので、そちらを選びました。直感でもそれなりにわかりましたが、やはり根拠は大切なので根拠を考えた結果わかりました。

・度々にはなりますが、本当にありがとうございました。

・話を通じて法学部に少し興味を持つことが出来ました。ありがとうございました。

・お忙しい中ありがとうございました。元々自分は法律というものがとても複雑で分かりにくいものとして捉えていました。しかし、実際にお話を聞いてみると意外にも自分の勘が当たっていたりと法律を身近に分かりやすいものとして感じました。

・平日の忙しい時間であったにも関わらず時間を割いていただきありがとうございました。出題された 3 つの裁判の判決内容は自分の考えていたものとは異なる意外なもので、法律の面白さと難しさを感じました。特に1問目の窃盗罪の適用の是非については自分の感覚と法律の乖離に驚きました。物事を丁寧に考えるきっかけになりました。ありがとうございました。

・実例を用いて問題を出す問題がとても面白かったです。ありがとうございました。

・先日はありがとうございました。私たちが取っ付きやすい面白いテーマのクイズを用いて説明してくださり、弁護士という仕事が少し想像しやすくなりました。

・貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

・仕事についてだけでなく、学歴で就職の幅も変わることなどのお話も、OB 訪問に行かないとあまり聞けないお話でした。

・今回はとても貴重なお時間割いて頂き誠にありがとうございました。僕は法学部に進みたいと考えているのですが、実際にどこの大学に行こうか、どのくらい勉強しようかなど悩んでいるときに、とにかくいい大学に行った方がいいというような言葉を聞き、とりあえず今やれる勉強を精一杯やろうという気になりました。この度はとても貴重なお話をいただきありがとうございました。

・ありがとうございました。

・法律事務所に入るの自体が初めてですごく綺麗な場所にあってすごいと思いました。

・法律についてもあまり知らないことが多く、それをクイズ形式でわかりやすく教えていただけてよかったです。

 

大阪研修 久留島さま(51期)へ

・お忙しい中、電力供給の仕組みについて教えて下さり本当にありがとうございました。電気を蓄えることが出来ないからこそ、需要と供給が等しくなるよう絶えずエネルギーを作り出していることを知って、生活の基盤になっているのだと実感出来ました。

・職場訪問ではありがとうございました。スライドや動画で説明するだけでなく、実際にシミュレーション体験をしてどういう仕事をしているのかわかりやすかったです。また、OB の先輩方と進路について話せて、文理選択や何学部にするのかについてある程度は決めることができました。

・文系・理系関係なく一緒に楽しく働くことができる大切さを改めて分かったような気がしました。

・貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。莫大なデータを操っていることが分かり、難しそうだなと思いました。

・貴重なお時間を割いて懇談会まで開いていただきありがとうございました!

・今のじぶんの悩みなどをたくさん聞くことができて、将来のためになったのはもちろん、今の自分に活かせるものをたくさんいただきました!

・ご縁がありましたらまた会いましょう!

・まず、さまざまなもてなしをありがとうございます。関電が実際に配電を行っている所を見た時はどう言う仕事内容なのかいまいち分かってなかったけど、その後の体験が非常にわかりやすいもので、興味を持って聞くことが出来ました。ありがとうございました。

・貴重な体験をさせていただきありがとうございました。

・個人的には、最後の先輩方との懇談会が一番ためになり、濃密な時間でした。

・普段当たり前のように使っている電気ですが、裏では微調整をしており、そし1 分1 秒を競う大変な業界だなと思いました。そして夜景とか夜当たり前のように生活できるのは電気会社さんのおかげなんだなーと当たり前の事ですが恥ずかしながらその時に気づきました。この会社で働く人がいなければ、イルミネーションや夜景などの感動を味わえないどころか、夜の生活もできないと思い、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。そしてこの仕事はとてもやりがいがあると感じました。直接的に感謝されることは滅多にないだろうが、仕事終わりに電気を見てやりがいを感じることができるのはとてもいいと思いました。

・今回参加したそれぞれが何かしらの学びを得られ、自分も最後の質問の時には将来についての話をして、自分の今後やるべきことが徐々にですが、わかってきました。

・シミュレーター室に案内してくれるなど、リアルな状況を体験できて、面白さと同時に仕事の大変さを知ることができました。ありがとうございました。

・お忙しい中ありがとうございました。いつも当たり前のように使っている電気はどのようにして家まで送られてくるのか疑問でした。でもそれまでの過程は自分が想像していたことよりもはるかに複雑で大変な作業だと思いました。

・平日の忙しい時間であったにも関わらず快く私たちを迎えてくださりありがとうございました。以前立山に行った際に見た黒部ダムから電力が流れていることをモニターで知って、関西の電力供給を一手に担う職務の重みを肌で感じることができました。また、社員の方とのお話では自分でも漠然として言葉にできなかった悩みを言葉にすることができました。ありがとうございました。

・進路について相談に乗って頂いてありがとうございました。参考になりました。

・先日はありがとうございました。すごくやりがいを持って仕事をされているのが伝わりました。たくさんのデータを用いた仕事で大変興味深かったです。

・貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

・実際にやられている仕事のシミュレーションを体験させて頂けるなど、貴重な体験をありがとうございました。

・今回はとても貴重なお時間割いて頂き誠にありがとうございました。僕は OB に相談する時間で、進路について、大学についての質問をしたのですが、その際に今からどこそこに行くと決めるんじゃなくてどこへでも行けるように勉強しなさいというようなお話を聞いて、しっかりと勉強しようというモチベーションがかなり奮い立たされました。この度はとても貴重なお話をいただきありがとうございました。

・電気の運搬(?)管理をしている現場を見るのが初めてで、秒単位でさまざまなことを考えないといけないのを知ってすごいなと思いました。

 

4.東京研修

日時:2025年3月10・11日(月・火)

訪問先:国土交通省(東京都千代田区) 東京大学本郷キャンパス(東京都文京区) dip 株式会社(東京都港区)      丸紅株式会社(東京都千代田区)

協力 OB:足立基成さま(46期)、五百旗頭薫さま(49期)、志立正嗣さま(43期)、福田大貴さま(71期)

引率教員:安達英二(体育科)、小幡龍之介(国語科)、深尾孝道(数学科)、森本亮介(社会科)

引率生徒:39名

 

概要

当初8月下旬に計画されていた東京研修ですが、台風接近に伴い中止となりました。研修を心待ちにしていた84期たちの思いを汲み、OB のみなさまに再度、訪問のお伺いを立てたところ、快くお受け下さりました。改めて訪問先のみなさまに感謝申し上げます。初日はまず、国土交通省を訪れました。すでにこの東京研修を立ち上げて3度目になりますが、今回もまた46期の足立さまが事前のお手配から実施までセッティングして下さいました。当日は58期OBの福嶌さまも駆けつけて下さり、ご準備いただいたスライドを元に、国交省のお仕事についてお話し下さいました。天候もよかったので、終了後は足立さまの誘導により、霞が関周辺をご案内いただく機会をいただきました。

続けて地下鉄に乗り、一路東京大学(本郷キャンパス)を目指しました。ちょうどこの日は同大学前期試験の合否発表とも重なっておりましたが、そのようなご多忙の折にも関わらず、大学正門のところまで五百旗頭さまが一同を出迎えて下さいました。また本校のニューヨーク研修においてもお世話になっている 52 期の佐野さまも特別に加わって下さりました。

▲東京大学では、4人の先輩 OBに囲まれました。

 

中央食堂で昼食を採ったあと、全員で講義室に移動し、佐野さまと五百旗頭さまのご講話を拝聴しました。その際偶然にも、キャンパスを集団で行動していた六甲生たちを見つけ、80期の神田泰誠くん・鈴木律紡くんがわれわれにお声かけ下さりました。2人はちょうど84期が中学1年生のときに、中1指導員としてご指導いただいた先輩にあたります。講義室では彼ら憧れの先輩方との交流が実現し、思いもよらない機会に恵まれました。

ホテルに到着後、自由行動を経て、夜にミーティングを行いました。その際に、安達先生のご紹介により、70期の喜多川俵多さま(ANA)が、そして 75期の山田祐育さま(一橋大学大学院在学中)が会議の冒頭に顔を出して下さり、生徒たちへ若い OB 世代からの温かいメッセージを投げかけてくれました。

2日目の最初には、六本木の dip 株式会社を訪問しました。こちらも 3 度目の訪問となりますが、今回は大変多忙なところ、到着後すぐに代表取締役 COO の志立さまが直接ご登壇下さり、生徒時代における六甲の思い出を交えながら、後輩たちへのメッセージを投げかけていただきました。その後、事前に決めていた 4 名程度のグループに分かれて、社員のみなさまが社内をご案内下さり、職業に関するフリートークの時間を設けて下さりました。社員のみなさまが生き生きと仕事の遣り甲斐についてお話しされている内容を、熱心にメモを取っている生徒たちの姿が印象的でした。

東京研修の最後に、丸紅株式会社を訪問しました。最初に「商社とは何か」についてのご紹介に始まり、その後社内見学を経て、OBのみなさまによるフリートークの時間を汲んで下さりました。

50期の宇佐美さま、62期の神澤さま、71期の福田さまらが登壇され、六甲時代の思い出・仕事に関するさまざまなことを、ユーモアを交え生徒たちに語って下さりました。

今回の東京訪問は、これまで実施した 3 回の中でも、最もたくさんの OBのみなさまと交流ができる機会になりました。上は 40期代から下は 80期代まで、世代を超えて六甲のネットワークが広がっていることを、肌身に感じた 2 日間でした。今回参加した生徒たちの中から、数年後に後輩となる六甲生たちを迎える側として参加してくれることを、強く期待しています。

▲丸紅では六甲 OB3名によるご講演のあと、記念撮影をしました。

 

生徒たちのアンケートから

・先輩たちが社会でものすごく活躍されているんだなと実感しました。将来先輩たちと同じように活躍できるよう今最大限に努力しようと思います。

・皆さんが自分の後輩だからということでお忙しい中時間を作ってくださったことにまず感謝しなければならないことに気付かされた。また面白い話をしてくださった中からなにか先輩方に「上手だな」とひしひしと感じた。きっと自分が想像しているより遥かに勉強してきなのだろうと思った。自分も将来企業に入りこのような機会があったら積極的に受け入れようと考えた。

・今回訪問させていただいたことで、ほとんどの OB の方で「自ら、一層興味深く感じたことに専念し、目指していく」という共通した意識を持っておられている、ということがわかりました。その為にはやはり、日々の勉強が大前提なんだと強く再認識させられた機会でした。

・いろいろな方面で活躍されている先輩方のお話を聞けて本当に良かったです。国交省では官僚が何をしているか、ルールを変えることの難しさについて、東大では佐野さんからは再構築について、五百旗頭さんからは物を書く時の心構えについて、dipや丸紅では社員や顧客のニーズを大切にしているというお話が印象に残りました。普段なら行くことがとても難しいような場所に訪れることができる機会を作っていただき本当にありがとうございました。

・どこの職場に訪問しても必ず六甲生としての繋がりの話が出てきたことが印象に残っています。

・東京というまだ海外に比べると身近だけれども自分から見るとすごく高い位置にあるような学校や企業があるところを見ることで今までより目指すべきものがより明確になったと思います。このような機会を設けていただいてありがとうございました。

・とにかく充実していた。今になって考えると、どこへ行っても「厳しさ」を垣間見る機会がなかった。しかし、それは存在しないのではなく、実力故に自然と隠されているものなのだと思う。東大へ行ったのに、勉強を感じなかった。五百旗頭先生の仰った「自ら学びに、教授の門戸を叩く人は厚遇される」というのは大学に限らず、将来仕事でも同じなのだと思う。おそらく高校でも変わらない。自ら学んで、高次元な世界に身を投じることが大切だと知った。

・一番印象に残ったのは、六甲生の繋がりの強さだが、他にも職場の雰囲気や内容に触れて、より一層将来のことについて考えるようになった。

・省庁や東京の大きいビルのオフィスというのは自分に縁のないかけ離れたものだと思っていましたが、自分の学校の OB が務めているというのを見て、自分ももしかしたら目指すことができるのではないかと思うことができました。そのためにも、今自分のやるべきことを最大限やろうと思います。

・印象に残ったことはどこで働いている OB の方々も口を揃えて、学生時代あまり勉強していない、不真面目であったと語っていたことです。東京大学や京都大学に行っていた方々も自分の実力を過信することなく日々着実にやるべき事を積み重ねてきたということがお話を伺って伝わってきました。

・学びになったことは必ずしも道はひとつでは無いということです。自分が目指した職に将来つける人というのは大分限られており、むしろそうでなく途中で目指す道を変えた人の方が多いという事を実感させられました。もちろん自分の目指した道に対して一生懸命努力することはすごく大切なことですが、万が一上手くいかなかったからといって、今まで培ってきたものは無駄になるわけではなく、新しく再構築し、また自分のやりたいことを見つける事が大切なのだと今回の研修に参加し学ぶことが出来ました。

・出てくる先輩が皆、当たり前のように東大や京大であって驚きました。より一層学業に励みたいと思いました。また、普段では目にすることさえ出来ない企業の深層部に触れることができ、様々な刺激をいただきました。

・OB の方々の話を伺い、仕事へのやり甲斐、一生懸命な中に遊び心があり、勉強だけではなく、後輩に気さくに話せる柔軟性をひしひしと感じ、私も将来後輩を笑顔で迎える側になれるよう努力しようと感じました。

・指導員の先輩と再会できて、貴重なアドバイスをもらえた。また東大の見学や、色々な先輩方からの分かりやすい助言などをいただけて、モチベーションの向上につながった。他にも先生との会話の中で進路についても再度考え直し、今回の OB 職場訪問を通じて自分は東大での講演や国土交通省、dip、丸紅などの見学で、公務員や学者、社員などのあり方を知ることができました。

・dip と丸紅の二つの企業については社会貢献について知ることができました。この2つの企業は自社の利益だけを求める在り方ではなく、その活動によって社会に貢献する在り方を推進しており、そこに自分が将来目指すべき社会人としてのあり方があるように思えました。次に国土交通省についての話では、考えるということに対して新たな学びを得られました。足立さんの仕事の話では既存のルールの中で何か案を模索するだけではなく、既存のルールそのものを作り変えていくというものが多く見受けられました。例えばシーレーン確保のために他国との条約の案を考えだしたりといったものです。このような仕事では、ルールそのものの見直しをする以上、思考の柔軟さが必要になってくるのだと思います。なので自分も、ルールを「つくる」「変える」立場の人になったら、このような思考の柔軟さを身につけていきたいです。そして東京研修では五百旗頭先生から「父の遺稿について」のご講演をいただきました。「父の遺稿について」での話では五百旗頭先生の歴史学者としての五百旗頭真 氏の死に対しての向き合い方を聞かせていただき、五百旗頭先生の学者としてのあり方の一端を知ることができたと思います。今回の東京研修では公務員や学者、会社員さんたちと、直接会って話を聞くことでそれぞれのあり方を知ることができたので、将来自分がなりたいものの選択に役立てたいと思います。

・今回の訪問を通じて、勉強へのモチベがとても上がり、本気で勉強に取り組んで今からでも少しでも将来への選択肢を増やそうと思った。今回訪ねたところにはそれぞれの良い所があり、特に自由度の高い dip と丸紅は魅力的でした。このような機会があり、本当に良かったです。思っている以上に得られるものが多く、参加費以上のものを得られたと断言できるほどでした。

・どの職場も全て本当に就職したいと思うほどいいところだった。今のうちから勉強を頑張っておくことで、将来が広がることがよく分かった。六甲の縦のつながりを大切にしていきたいと思いました。

・日本国内はもちろん、海外まで OB 同士の繋がりが続いていて、驚きました。

・訪問先 4 つとも普段は訪れる機会が無いところばかりですごくためになりました!このような機会を作って下さりありがとうございました!

・丸紅や dip が本当に印象に残っていて、会社の自由度であったり社員のコミュニケーションの大切さを痛感しました。dip(丸紅も同様だと思います)は「次世代」の会社であり、書類を通しての会話ではなく、社員という直接的に人との会話を行う事が大切であると言っていました。次世代の会社の在り方というものが自分の学びとして心の中に残っているんじゃないかなと思います。

・大学合格がゴールではなく社会へのスタートであることを認識できた。

・どんな企業に勤めようがそれぞれが信念を持って仕事をなさっていることを感じてそのことに憧れを抱いた。

・丸紅で急遽きていただいた六甲の OB の方が話していたように大学受験で失敗して就職で 5 回失敗しても努力を続けていれば報われることがあるということ。こういうものだと勝手に自分の中で決めつけていた今までのイメージや考えがかなり変わったことを自分でも実感できた。また、都内に出て働くということに抵抗があり不安な要素の1つであったが実際に話を聞き、質問をして辛いこともあるが今の仕事が楽しいと話しているのを聞いて親からも言われていたように一度くらいは都内に出てみようと思うようになった。

・みなさん自分がしたい仕事を、誇りを持って取り組んでいると感じ、自分もそうやって働ける仕事をしたいと思った。自分の将来を考える上で、東京という遠地に思い切って飛び立ちその判断材料を色んな方々から得られ、かつ自分の悩みの小ささを実感する良い機会となりました。

・かっこいい先輩たちのために自分のやるべきことをまずやらなければならないと思いました。勉強をしっかりとできていないので、目指す土俵にも立ってないことが非常に悔しいなと思いました。まず様々なことに触れながら勉強などしないといけないなと思いました。

・先輩たちの背中を見て、自分の将来について深く考えられるように、なりました。

・特に五百旗頭さんが、僕たちが東大の正門前で待っている時に走って駆けつけたのが、1 秒でも多く僕たちと対話、ディスカッションしたいと思っているのだと印象に残りました、難しすぎて今の自分に役に立つかは正直わかりません。しかし、大人になった時ふと今の話を思い出してためになる場面が必ず来ると思うので大変将来の役に立ったと思います。

・国土交通省や東京大学、dip、丸紅など、日本を代表し、世界とも取引をする会社の方々とお話できて、自分も将来このような所で働きたいと思った。一流企業で働くには良い大学を出なければならず、良い大学に行くには、勉強が必要で、まずは目先の勉強に取り組もうと思った。

・官庁、大学、商社などのさまざまな職種で活躍する先輩方の職場を訪問することで、自身の将来の方向性の見通しが良くなって、視野が広がった気がした。東京は良くも悪くもいろんな人がいる。非常に貴重な経験を積めたことを嬉しく思う。

・会社訪問だけでなく、電車移動や自由時間でも東京を実感しました。神戸にいるだけでは絶対に得られない貴重な体験ができました、ありがとうございました。

・国家間のルールを決めたり、会社の中で自分のしたい仕事に転向したりできる仕事を見たり、一つの会社の中にも色々な役職、仕事があると知って仕事に関する視野が広がった。

・色々な人の話を聞いて学部とあまり関係のない会社に入る人が多くて驚きました。なので将来の仕事を気にしすぎず、もちろん東京研修で学んだことを視野に入れて今自分が立てた目標に向かって日々努力していきたいと思います。

以上

(文責:六甲学院 進路指導主任 森本 亮介)

第2回伯友会ジュニアのお知らせ

【関西の若手の皆さんへ 10/23開催】
阪神優勝で盛り上がっている中、失礼します🙇
第2回伯友会ジュニアを大阪で開催しますので、関西在住の皆さん、是非ご参加ください。
食べ飲み放題の店を押さえています。
「調整さん」への入力をお願いします。

日時:2025年10月23日木曜 19時開始
店名: トリサカナ 梅田店
住所: 大阪市北区小松原町1-10 6階
https://www.hotpepper.jp/strJ003498739/
会費:5000円切り目指します
(大学生、20代は格安にします)

↓「調整さん」に入力ください
https://chouseisan.com/s?h=6cbc5751d3e84adbb054e4941257abd5

(文責:51期 田崎 朋広)

バスケットボール部OBの皆様へ

今年も秋のOB総会を開催します。 ぜひ、ご参加ください

日時:2025年10月25日(土)16:50開場 17:00開始

*開始時刻が昨年より 1時間 早くなっています。

場所:明賢荘(昨年と同じ会場です)

https://meikensousannomiya.gorp.jp

神戸市中央区北長狭通1-6-5 アルプスビルB1~2F

会費:5000円

参加いただける方は本投稿にご返信いただくか、事務局柳さんまでご連絡ください。

→柳さんメールアドレス yahnagi62@docomo.ne.jp

よろしくお願いいたします。(文責:44期 渡辺 喜弘)

ROKKO CHANNEL(YOUTUBE)開設しました!

■「箱根駅伝ランナー秋吉拓真君と走ってみた~」(2025/7/19撮影)

今年六甲学院OBで初の快挙となった箱根駅伝出場の快挙を果たした79期秋吉拓真君と一緒に走った動画をUPしました。

どこまで追いつけるか是非ご覧下さい!

 

■「シンガポール伯友会WEB対談 Vol.1自己紹介編」(2021/8/21インタビュー)

https://youtu.be/w-ft7itXe0c

ROKKO CHANNEL第一弾は「シンガポール伯友会WEB対談Vol.1自己紹介編」です。

シンガポール伯友会の方々とのWEB対談の様子を動画でご覧下さい。

シンガポールで活躍されている六甲OBの方々の生の声をお聞きください!

 

■「シンガポール伯友会WEB対談 Vol.2プライベート編」(2021/8/21インタビュー)

https://youtu.be/LQdi4jU2JlM

ROKKO CHANNEL第二弾は「シンガポール伯友会WEB対談Vol.2プライベート編」です。

シンガポール伯友会の方々とのWEB対談の様子を動画でご覧下さい。

世界で一番ホットなシンガポールで働く六甲OBのプライベートをのぞいてみて下さい!

「秋吉拓真と一緒に走ってみた~」動画公開しました

Screenshot

六甲学院OBとして初の快挙を果たした79期秋吉拓真君にインタビュー後、

東京大学の陸上競技場にて一緒に走らせて頂きました(笑)

その様子を動画にまとめましたので、是非下記の動画をご視聴下さい。

秋吉君へのインタビューは10月末発行予定の伯友秋号にて掲載しますのでそちらも是非ご覧下さい。

インタビューの動画も頑張って編集してUPしますのでしばらくお待ち願います。

 

今後も六甲伯友会Official Channel(ROKKO CHANNEL)にて動画をUPしていきますので、

是非チャンネル登録とGOODボタンをお願いします!

(文責:50期 藤枝 誠)

<ご報告>44期坂野さんが外務大臣表彰されました

僕が一番最初に担当した卒業生の福島君(58期バスケ部)から連絡がありました。

 

福島君は国交省勤務で、一時期カンボジア:プノンペンに赴任していて、

本校カンボジア研修で大変お世話になっている坂野さん(44期音楽部)と面識があります。

 

その彼が、坂野さんが外務大臣表彰を受けられたと連絡をくれました。

以下の外務省のHPに詳細記載されていました。個人表彰者の68番に先輩のお名前が記載されています。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/pressit_000001_02653.html

 

 

僕の方でFacebookの六甲学院OBグループには共有しましたが、

早速いろんな方々からの反応もあり、坂野さんご自身からの反応もありました。

ご本人はFacebookに

「石崎先生、ありがとうございます。私がカンボジアに来るきっかけを作ってくださったのは、退職された吉村信夫先生と現名古屋教区司教の松浦悟朗神父です。1992年に初めてカンボジアに来てからすでに30年以上が過ぎました。1998年からは、日本の法整備支援事業に関わり、民法、民事訴訟法及び関連法令の起草、立法、法曹養成等の活動を行ってまいりました。2010年に一旦カンボジアを離れ、ミャンマーでの法整備支援に従事した後、2018年からは、当地の司法省のアドバイザーに任ぜられ、現在に至ります。今回の表彰は、私の名こそ挙げられていますが、これまでカンボジアの法分野の発展に様々な形で関わった多くの方々を僭越ながら代表させていただきお受けすることにしたものです。全ての方のお名前を挙げることはできませんが、故森嶌昭夫教授をはじめとする民法起草作業部会の先生方、故竹下守夫教授をはじめとする民事訴訟法起草作業部会の先生方、法整備支援事業にお誘いいただいた故チャエム・スグオン司法大臣、故イ・ダン司法省長官、四本健二神戸大学教授、弁護士の矢吹公敏先生、さらには、アン・ヴォンワッタナ前司法大臣(現国民議会議員)、ヒー・ソピア現憲法院委員長、ユー・ブンレン現憲法院委員、チャン・ソティアヴィ現上院議員、モン・モニチャリヤ現トゥボウンクモム控訴裁判所長をはじめとするカンボジア側の起草委員会の元委員の方々、法整備支援プロジェクトの歴代の専門家の方々、法務省法務総合研究所国際協力部の方々、独立行政法人国際協力機構の歴代の担当者の方々など、のべ100人以上の方々、そしてそれを支えるより多くの方々が今回の表彰の真の受賞者です。当初遠慮しようかと思ったが、カンボジアの発展に関わったすべての人々の代表として頂くことにした」とコメント下さいました。

よろしくお願いいたします。

(文責:六甲学院教諭 48期 石崎 裕二)

事務局のお休みについて

伯友会事務局は

8月9日(土)~8月24日(日)

夏季休暇となります。

よろしくお願い致します。

「作曲家 本田周司プロジェクト(仮)」について

(2011年伯友会懇親会にて。本田先生(左から二人目)と50期生メンバー。筆者は左端)

 

1 はじめに

作曲家 本田周司先生(以下「本田先生」という。)の作品を蒐集・整理し、後世に向けて保存する「作曲家 本田周司プロジェクト(仮)」の立ち上げをお知らせします。

本田先生は、1955年(昭和30年)から1989年(平成元年)までの間、六甲学院中学・高等学校において音楽教諭として教鞭をとられました。この30数年間、六甲学院において唯一の音楽教諭であり、全学年の音楽の授業を担当されました[1]

本田先生は音楽教諭であったのと同時に、作曲家でもありました。その作品は、生徒向けの唱歌、管弦楽、吹奏楽、ピアノ曲、合唱曲など多岐にわたっています。我々伯友会会員になじみが深いのは、《六甲学院讃歌》でしょう。現在においても在校生に歌い継がれています。

この《六甲学院讃歌》をはじめとして、『六甲歌集』に収録された歌の数々を作曲されたり[2]、音楽部のために吹奏楽作品を書かれたりするなど、自ら「教材」を提供されたほか、楽壇最高の登竜門として知られている「日本音楽コンクール」の作曲部門においても複数回受賞されています[3]。また、《交響曲「三つの像」》は、総理府(現在の内閣府)主催の「21世紀の日本」において管弦楽部門総理府長官賞を受賞し、この曲は六甲学院創立30周年の記念演奏会において京都市交響楽団によって披露されました[4]

また、本田先生は京都府福知山市の福知山成美高校(私立)の校歌の作曲者でもあり、同校が甲子園に出場し校歌が斉唱された際、作曲者として本田周司の名が映し出され、伯友会会員の間で話題になったことがありました。この校歌は六甲学院に勤務するよりも前に作曲されたということです[5]

これらの作品の中で圧巻とされるのは、日本二十六聖人殉教をモチーフにした《長崎への道》シリーズでしょう。中でも《交響的序曲 長崎への道》は第一番から第三番を擁し、それぞれ演奏時間が30~45分にわたる大曲になります。同第一番及び第二番はそれぞれ1983年(昭和58年)と1984年(昭和59年)の夏に当時の音楽部によって初演されました。特に同第二番は本田先生ご自身が「私の作品中白眉とも言うべき力作であり、後世に残る傑作であるという自信があった」と述懐されており[6]、初演の年の12月に当時の六甲学院講堂において再演されました。また、後述の通り1987年(昭和62年)の夏にも音楽部によって演奏されました。

同第三番は1987年(昭和62年)11月14日に六甲学院創立50周年記念式典において京都市交響楽団により初演演奏されました[7]。現在の講堂の杮落としとなったものです。

また、本田先生ご退職後の1997年(平成9年)3月19日には京都コンサートホールにおいて日本二十六聖人殉教四百年記念演奏会[8]が開催され、《交響的序曲 長崎への道 第三番》が再演されました。

しかし、筆者が調査した限り、この演奏会を最後に本田作品が公の場で演奏された記録がありません。

後述するように、本田作品は楽曲としての壮大さ、美しさもさることながら、日本人がキリスト教的な主題を楽曲において表現することを試みた作品群という、現代音楽史上の意義を見出すことができます。同時に、本田作品は中高生にも親しめる間口の広さも兼ね備えています。すなわち、芸術としての価値が余すところなく詰め込まれているわけです。

とはいえ、造形芸術と異なり、音楽は演奏されてこそその魅力に触れることができ、また後世に伝えられるという宿命を帯びています。最後の演奏から30年近くがたつ今、このままでは素晴らしい作品群が埋もれてしまうという危機感を抱かざるを得ません。

そこで、本田作品の収集・整理し、後世に記録として伝えるべくプロジェクトを立ち上げようという思いに至ったものです。

 

2 本田周司先生ご経歴

(1)本田周司先生は1927年(昭和3年)2月[9]、三重県天白村(現在の松阪市)において代々神主であった家の三男として生まれました。長兄がヴァイオリンを弾くなど、家庭内に音楽環境はあり、幼少期より音感のよさを家族から見出されていたものの、習いごとなどを含め特段の音楽教育を受けることはなく、子ども時代を過ごしました。楽譜も読めなかったということです[10]

その後、海軍に入隊するものの、18歳のときに終戦により復員しました。出撃しようにももはや日本軍には乗る船が無かったということです。戦中までは国家により目標がはっきりと定められていたものの、これが無くなり空虚な日々を送っていたところ、芸術ならば裏切られることがないと考えたのが音楽の道に進もうと思ったきっかけになったというのが本田先生の言です[11]

とはいえ、楽譜すら読めなかった青年が作曲の道を志すというのは、いくら戦後の混乱期であったとはいえ飛躍を感じるというのが率直なところです。いかにして自己の才能に気付き、勉強を開始し、これを職業にしようと思うに至ったのかは杳として知れません。1991年(平成3年)に当時の在校生によって実施されたインタビュー[12]でもこの点は曖昧なままです。なお、本田先生自身は自己の学歴を「独学」とされ[13]、経歴等において師事者として野口源次郎や外山道子[14]といった大阪音楽大学で教鞭をとった作曲家の名が挙げられています。

(2)本田先生が、音楽の勉強を続ける中で出会ったのが、フランスの作曲家アルチュール・オネゲルであり、オネゲルとの出会いが六甲学院につながります。

オネゲルの作品、中でも《交響曲第3番「典礼風」》に大きく感銘を受け、オネゲルの精神性を理解するためにカトリックの世界に関心を持つようになりました。本田先生ご自身は、動機としては不純と述べています[15]

当時の本田先生は宝塚歌劇団で音楽の仕事を得ていたところ、ある休日に六甲山にハイキングに行った際、帰りのバスの車窓からたまたま六甲教会を見つけました。こんなところに教会があると思い後日改めて六甲教会を訪ね、当時在籍していたブラウン神父に出会いました。最初はスコアに記されたラテン語の言葉の意味を尋ねること程度の関心しかありませんでしたが、同神父にさらに勉強することを勧められ、教会に通うようになりました。進駐軍が六甲教会に来ていた時期ということなので、1952年(昭和27年)以前のことになります(同年にサンフランシスコ平和条約が発効した)。そうするうち、六甲教会で六甲学院の武宮隼人初代校長に出会い、音楽教諭としての就職の話が持ちかけられたものです[16]

(3)ここから30数年にわたる六甲での教員生活が始まります。

その間、上記の通り多数の作品を生み出されました。大きなモチーフになったのは、日本二十六聖人です。豊臣秀吉の治世であった1597年(慶長2年)に起こった、日本で最初のキリスト教弾圧の殉教者で、京都で捕らえられたキリシタン24名と途中で加わった2名が山陽道を長崎まで連行され、長崎の西坂の丘にて磔刑に処せられ殉教した事件として広く知られています[17]

新聞の連載小説がきっかけで二十六聖人に関心を持った本田先生は[18]、同じ道を歩いてみようと思い立ち巡礼を始めました。まずは巡礼というものを知るために「四国八十八箇所巡り」を体験し、この結果を踏まえて1977年(昭和52年)に自ら京都から長崎まで踏破されました[19]

この巡礼の旅が創作活動の原点になり、上記の《交響的序曲 長崎への道》シリーズ、これに先立つ《パッサカリア》《巡礼の為の狂詩曲》など、多数の作品が生み出されました。ピアノ曲も存在します。

六甲学院をご退職後は「長崎への道事務局」を主催し、巡礼者の世話をされていました。上記の通り1997年(平成9年)3月19日に日本二十六聖人殉教四百年記念演奏会が開催されました。

現在、御年98歳、ご存命ということです。

 

3 作品の魅力

(1)私事で恐縮であるが、筆者は1987年(昭和62年)つまり六甲学院50周年の年に中学1年生として入学しました。音楽教諭は本田先生でありその独得の授業を楽しんだ世代です。のみならず同年夏に行われた音楽部のサマーコンサートにおいて演奏された《交響的序曲 長崎への道 第二番》に深く感動し、本田先生の音楽世界に惹きこまれました。

同年11月の五十周年記念式典において、京都市交響楽団によって《同 第三番》が初演され、好評を博しました。続いて、生徒向けに翌1988年(昭和63年)4月にやはり京都市交響楽団による演奏会が開かれました。上記の通り筆者は《第二番》にうちのめされ、さらにこの《第三番》でも大きく心を揺さぶられました。筆者の人生において「この人は天才だ」と思った最初の人物であったことに間違いありません。筆者は小学生のころからピアノを習い、実は50歳になった今でもピアノ演奏者として音楽活動を続けています。中学生男子というとそれまでの習い事としての音楽を止めがちなタイミングですが、本田作品との出会いがあったことで、ピアノを継続することになりました。本田作品が、今に至る音楽活動の「延命」に寄与したことは疑いがありません。

50周年当時の校誌をみるに、46期の鎌谷朝之氏が解説文を記しているように[20]、この楽曲に感銘を受けた在校生は多数いたものと思われます。

(2)では、本田作品の魅力は何なのでしょう。その魅力の考察の仕方は多岐にわたりますが、なぜ中高生にも感銘を与えることができたのかという視点から、《交響的序曲 長崎への道》シリーズを題材に検討したいと考えます。

まずもって作品そのものの、いい意味での「わかりやすさ」が挙げられます。

モチーフが日本二十六聖人殉教という、教科書にも写真付きで出てくる日本史上の事件になります。誰もが知る事件をモチーフにすることで、必ずしも音楽的素養がない人や宗教的な関心のない人であっても、間口のハードルを下げることができます。

この間口をくぐれば、楽曲におけるわかりやすさがあります。《交響的序曲 長崎への道》シリーズは、いずれも主題のメロディラインがはっきりしているのが特徴です。容易に口ずさむことができるし、歌詞をつければ歌にもなるでしょう。また、そのメロディラインがきわめて日本的な短調のメロディであり、より親しみやすくなっています。誤解を恐れずいえば、時代劇主題歌や演歌のようなノスタルジックな入ってきやすさがあります。

そしてこの主題が繰り返される(それゆえ演奏時間が長くなる)という点が最大の特徴です。よって、嫌が応でも主題が耳に残ります。この主題の形式も、基本的な型(A)、その発展型(A’)、展開型(B サビと呼んでもよかろう)の3種類の任意の組み合わせになっている点でも共通しています。よって、聴いていて次の展開が読みやすく、意表を突かれることなく音楽にひたれることができます。

以下、<譜例1>及び<譜例2>は、《第二番》及び《第三番》の主題部分になります。

<譜例1>

《交響的序曲 長崎への道 第二番》の主題 基本的な型(A)

<譜例2>

《交響的序曲 長崎への道 第三番》の主題 基本的な型(A)

併せて、特異な和音を使わず、基本に忠実な和音進行を用いていることからも、とっつきやすさがもたらされています。さらに変拍子も使われていません。長い楽曲であるが、ずっと4分の4拍子が継続しています[21]。これは徒歩による旅の単調さを表現するものとも思われますが、聴く側に安心感をもたらすことになります。現代音楽においては、不協和音や変拍子で奇をてらうことが一種の現代性とされる場合もありますが、それとは一線を画する態度がみえます。

(3)次に表現が非常に写実的であるという点も挙げられるでしょう。この点も「わかりやすさ」に寄与していると言えます。

《交響的序曲 長崎への道》は、二十六聖人が長崎に連行された道を徒歩で歩く巡礼行為がテーマになった楽曲です。

歩くという行為自体は実に単調です。ただ、単調な歩みであっても、目的地を目指す歩みというのは、疲れはもたらすものの、決して退屈をもたらしません(どこか目的に向かって歩いているときに退屈という感情はあまり浮かばないだろう)。むしろ単調であればこそ、街道の様子、空や木々が示す季節感のほか、道端でふと目にとめた何気ない地元の人たちの生活のひとこまが、却ってインパクトをもたらしてくれます。観光名所などを訪れる旅にはアクセントがありますが、アクセントがない旅は、ない故のディテールへの気づきが期待できます。

また、単調な行為のなかで、様々な思いが去来するでしょう。それは400年前に同じ道を歩いた二十六聖人の姿や、その心持ちへの想像かもしれないし、同時に今自分が歩いている行為そのものが果たして意義あるものなのかという疑問かもしれません。

こうした、旅の情景や去来する思いが、「わかりやすく」楽曲として表現されているのが《交響的序曲 長崎への道》シリーズです。

上記の通り主題は3通り(A、A’、B)を組み合わせて繰り返し、徒歩による旅の単調さを表現します。しかし、同じ主題の繰り返しであるからといって、退屈させません。たとえば、バッキングを多彩に変えたり、リードをとる楽器を変えて新たな表情を出したりと、巧みなアレンジにより、同じ主題の繰り返しであっても決して飽きさせない工夫がみられます。また、上記3通りの主題と主題の間に別の旋律をはさむことで、徒歩による旅の表現に対して、足をとめて見上げた空やそのときに去来した思いなどを表現し、巧みに場面転換を図っています。そのため、繰り返される主題を聴きつつも、その先に明確な目的地があり、音楽をもってそこに誘導されているという気分になってきます。単調であっても退屈するわけではない、徒歩による旅が巧みに表現されているわけです。

また、こうした主題とあわせて、街道の様子が写実的に描かれます。たとえば、空の様子であり、祭りの様子であり、夜明けから太陽が昇る様子などです。

一例として<譜例3>として、主題と主題にはさまれる旋律を挙げます。主題=歩みからふと足を止め、見上げた空の様子やその際に揺れ動く心情を表現しているのでしょうか。後述するように本田作品は三連符の用い方が巧みですが、ここでは三連符が場面転換の効果を発揮しています。

 

<譜例3>《交響的序曲 長崎への道 第三番》主題と主題にはさまれる旋律

他方で、殉教者のモチーフが楽曲の冒頭と末尾に描かれます。殉教者らは耳を削がれ裸足のまま京都から長崎まで連行されたわけですから、筆者のような信仰がない者の視点としては、単に痛くて辛くて嫌だという感想しか出てきません。その一方、なぜ殉教者が苛烈な責め苦に耐えられたかというと、これに耐えることにより「永遠の生命」が与えられるという確信があったためとされています[22]

もっとも人間であるがゆえにそこに迷いがあったかもしれないし、後世に伝えられるような立派な話ばかりではなかったかもしれません。たとえば、殉教者はキリストと同じようになることであり、殉教とは喜びに溢れる行為とされ、迫害者はむしろ「神に奉仕している」と捉え、殉教者は迫害者に「感謝し心から許しを与える」とされています[23]。私のような信仰がない者としては、理屈としての納得のしかたはその通りであろうが、人間の感情としてそこまで割り切れたものだったろうかと疑問を抱きます(信仰という内心の問題について、感情より理屈の方が親和性を持つという一見不思議な現象です)。

こうした苛烈な弾圧の実態、それに対する殉教者の心象風景が、実に写実的に楽曲として描かれています。ひとつ三連符の効果を指摘できるでしょう。本田作品の特徴として三連符の使用が巧みであるということが挙げられますが[24]、三連符による表現は前後のフレーズとの相対的な位置関係によって、あるところでは脅え、あるところでは迷い、他方で、あるところでは強調、あるところでは前進など、ややもすれば相反するかのような多様な概念が表現されています。

<譜例4>は、《交響的序曲 長崎への道 第三番》 冒頭において、「殉教者への挽歌」が歌い上げられるところ、そのバックで奏でられる旋律群である。「殉教者への挽歌」は、殉教の苛烈さを示しているところ、その恐怖、不安を間断ない三連符の連続で表現している。

 

<譜例4> 《交響的序曲 長崎への道 第三番》冒頭の「殉教者への挽歌」のバックで奏でられる旋律群の一例

次に、<譜例5>はクライマックス=殉教の地に向かう緊張感の高まりが表現されています。この旋律は、この部分に先立ち演奏されている「勝利のラッパ」の旋律の変奏になっています。すなわち、「勝利のラッパ」=「永遠の生命」を示す旋律の変奏によって、そこに至るまでの不安、緊張、恐怖などが表現されていると解釈することができるでしょう。

 

<譜例5> 同 終盤で奏でられる旋律

弾圧そのものは恐怖そのものであり、そこに一人一人の殉教者に迷いも生じたものと推測します、しかし迫害を受けたとしても結果的には「永遠の生命」につながると信じることこそが信仰でしょう。楽曲の末尾には上記例のような苛烈な表現が通り過ぎたあと、まさに天に昇らんとするような神々しい旋律、殉教碑讃歌が出現します。最終的に至ることができた「永遠の生命」の本田先生流の表現であったと考えます。

なお、楽曲の最終盤において、《交響的序曲 長崎への道 第三番》では、いわゆるアーメン終止、Ⅳの和音からⅠの和音への進行が存します。つまり楽曲という形での壮大な祈りの終わりが表現されています。他方で《交響的序曲 長崎への道 第二番》の締めくくりは、Ⅳの和音が聞こえることによりⅠの和音に移行してアーメン終止になるかと思いきや、別の和音に移って楽曲が終わります。まだ壮大な祈りは終わらない、次回に続くという暗示であり、本田先生の遊び心とも捉えることができそうです。

(4)もっとも、本田作品の全てが「わかりやすい」というわけではありません。

《交響的序曲 長崎への道 第三番》はあくまで「わかりやすく」することを意識して創作されたものと思われます。その曲目解説において、本田先生ご自身が「作曲家としてその芸術的表現・・・よりも、愛する六甲学院の生徒諸君、それも特に中学生諸君が、この曲をどう感じてくれるか?、それが最大の関心事」と書かれていたように[25]、意識して「わかりやすく」創作されたものであることは間違いありません。

しかし、あらゆる専門分野に通底することですが、高度な思想性を「わかりやすく」表現することほど難しいことはないことは、伯友会会員諸兄なら理解いただけるでしょう。

他方で、たとえば本田作品のピアノ曲である《カプリスNo.8》[26]は、言わば現代曲らしい現代曲となっています。明確なメロディは少なく、変拍子が使われていたり、不協和音によって理論通りではない和音進行が用いられたりしています。《交響的序曲 長崎への道 第三番》において「現代音楽の持つ高踏的芸術的難解さを意識的に避け」たと記されているところ[27]、裏を返せば「現代音楽の持つ高踏的芸術的難解さ」を持つ一例となるでしょう。

ただ、この《カプリスNo.8》は写実性という点はむしろ明確に打ち出されています。巡礼路の一部、備中国分寺(岡山県総社市)近辺の風景をモチーフにしていますが、同寺の五重塔を表現する旋律、塔を見上げた際はオクターブを上げて表現するなど、写実性が示されている。そのほか、川がよどみながら流れる様子、路地裏で遊ぶ子供たちから新幹線が走るさままで表現されています。もっとも、筆者において一般化できるほど、多数の楽曲を分析できているわけではありません。

 

4 本田周司プロジェクトの活動について

以上述べてきましたが、プロジェクトとしては満足な活動は行えていないのが率直なところです。数名のOBにお声かけし、方向性についてご快諾をいただいたものの、何か成果を出したかというと何もなせていません。最大の理由は日々の忙しさにかまけているせいですが、忙しさを理由にしていては何もできません。

25期久保憲一氏及び中谷仁美氏が、六甲歌集に載せられた曲を中心に、ボーカロイドに歌わせ、動画データとしてYouTubeにおいて公開されています[28]。当時音楽部が体育祭で演奏するために、本田先生が提供された《オッコロマーチ》(ROKKOを反対から読んだもの)を楽譜演奏ソフトによって演奏した動画も同様に公開されています。

また、本稿でもご指摘した先輩方から情報提供をいただきましたが、数多の作品群のほんの一部にしかアプローチできていません。

今後なにより、楽譜そのものの蒐集、さらに望むらくは演奏例の蒐集が必要です。本田先生ご家族のご協力も必須でしょう。

楽曲の蒐集のうえでの整理・編集もさることながら、楽曲のさらなる分析のほか、巡礼という行為をいかに楽曲上に表現したかの考察、カトリック作曲家としての表現と日本的表現との融合など、研究テーマはいろいろと考えられます。

もし伯友会会員諸兄のなかに、何か本田先生及び本田作品に関する情報をお持ちであれば、どんな小さなことでも結構なので情報提供いただけると幸いに存じます。Wikipediaも開設しました[29]。六甲が生んだ天才作曲家の偉業を後世に伝えるため、ご協力をお願いします。

50期 藤原唯人 連絡先 E-mail:tadato00@gmail.com

 

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[1] 本田周司(2012年)「『六甲歌集』誕生秘話」 『伯友』61号16ページ

なお、『伯友』57号(2010年)44ページにおいて、本田先生の経歴紹介として「音楽担当教諭として六甲学院に1957年~1990年奉職」という記載があるが、こちらは誤りと思われる。

[2] 六甲歌集は、六甲学院創立20周年記念(1957年時)に初版が発行。平成25年10月10日に復刻版が発行された。

[3] 具体的には、いずれも作曲部門で、第23回(1954年)室内楽曲 入選、第25回(1956年)管弦楽 2位、室内楽曲 入選、第26回(1957年)室内楽曲 2位、第27回(1958年)室内楽曲 入選 作曲部門

日新聞社「日本音楽コンクール 入賞者一覧」 https://oncon.mainichi-classic.net/winners/ (令和7年5月4日閲覧)

[4] 「三十周年記念式典」『六甲学院新聞』昭和43年4月28日号

[5] 本田周司(2010年)「老いの繰り言 わが心の師・故武宮校長先生を偲んで」 『伯友』57号42ページ

[6] 本田周司(1987)「二十六聖人記念碑の建立」『六甲』第37号 57ページ

[7] 『六甲学院創立50周年記念 京都市交響楽団演奏会』パンフレット(1987年11月14日)

[8] 1997年3月19日に、京都市コンサートホールにて、京都市交響楽団 黒岩英臣指揮により、《交響的序曲 長崎への道 第三番》のほか、その前年に作曲された《コンポジション第2番 Martyres, Ora pro nobis》が演奏された。この際の《第三番》は初演時より短縮されたバージョンであった。

[9] もっとも、目黒三策(1970)『音楽年鑑(昭和45年度)』株式会社音楽之友社 229ページには、昭和4年生まれと記載されているが、誤記であろう。

[10] インタビュー記事(1992)「神様にお任せ、くよくよするな 『長崎への道』を歩む本田周司先生に聞く」『六甲』第42号 27-28ページ

[11] 前掲『六甲』第42号 29ページ

[12] 前掲『六甲』第42号 16ページ以下

[13] 六甲学院五十年記念誌編集委員会(1987)『六甲学院 五十年のあゆみ』学校法人六甲学院 149ページ

[14] 本田周司(1987)《交響的序曲 長崎への道 第三番》長崎への道事務局157ページ

[15] 前掲『六甲』第42号 31ページ

[16] 前掲『六甲』第42号 32-33ページ

[17] 文献は多数存する。たとえば、ルイス・フロイス著 結城了悟訳(1997)『日本二十六聖人殉教記』聖母文庫

[18] 前掲『六甲』第42号 33ページ

[19] 長野宏樹(2022)「日本二十六聖人『長崎への道』巡礼友の会」 『家庭の友』2022年6月号 サンパウロ 4-5ページ

もっとも最初に歩いたのは1975年(昭和50年)という記述もある。本田周司(1987)『交響的序曲 長崎への道 第三番』スコア 長崎への道事務局 5ページ

[20] 鎌谷朝之(46期)(1988)『交響的序曲 長崎への道 第三番』『六甲』第38号 133ページ

[21] 《交響的序曲 長崎への道 第二番》は、一部4分の5拍子による旋律展開がある。

[22] ルイス・フロイス著 結城了悟訳(1997)『日本二十六聖人殉教記』聖母文庫 181ページ 二十六聖人のうちの一人ルドビコ茨木が棄教と引き換えに助命を促された際、「つかのまの生命と永遠の生命を交換するのは意味のないことです」と答えたとされる。

[23] 結城了悟著(2002)『二十六聖人と長崎物語』聖母文庫 10ページ

[24] 前掲『六甲』第38号 133ページ 三連符の重要性が指摘されている。

[25] 『六甲学院創立50周年記念 京都市交響楽団演奏会』パンフレット(1987年11月14日)

[26] 1975年3月15日の日付が入っている。38期牛瀧文宏氏より譜面をご提供いただいた。やはり二十六聖人殉教をモチーフにした楽曲であり、岡山県総社市辺りから広島県福山市辺りまでの旅程が描かれている。

[27] 本田周司(1987)『交響的序曲 長崎への道 第三番』スコア 長崎への道事務局 5ページ

[28] https://www.youtube.com/@rok2557

[29] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E7%94%B0%E5%91%A8%E5%8F%B8

 

 

 

(文責:50期 藤原唯人)

第8回体操部OB会報告

 

日時: 2024年10月12日(土)17:30~19:30

場所: 香港海鮮料理 椰林(ヤーリン)

参加者:野見山元伸(11)、角田嘉宏(13)、滿野(村上)光(14)、高橋庸一郎(18)夫妻、慶野雅彦(19)、角田正治(21)、木村勝彦(23)、小野誠(25)、中村奉修(26)、山下(小林)泰三(26)、濱田謙三郎(26)、濱田誠剛(27)、姫野靖彦(28)、山本芳邦(28)、浅香晃一(29)、築森元(32)、値賀成昭(33) (敬称略)

新型コロナが5類に移行し集会の自粛も無くなり、ようやく第8回体操部OB会を開くことができました。今回の会場は阪急御影駅北東の御影ガーデンシティ2階にある香港海鮮料理の「椰林(ヤーリン)」で、18名が集い大いに盛り上がりました。なお、この素晴らしい会場はいつもグルメ指南をして頂く13期角田嘉宏氏から教えて頂きました。ありがとうございました。

今回は、11期から33期まで幅広い年代の方々が集い、六甲生時代の体操部の思い出話から現在のご活躍まで盛り沢山の様々な話題で、楽しい時間を過ごしました。

初参加で大先輩11期の野見山氏からは「脳内革命」のお話がありましたが、いつまでも学び続ける姿に感じ入りました。14期滿野(村上)氏は86歳の現在も一級建築士として現役でご活躍とのこと、氏のバイタリティーに一同驚かされました。

25期小野氏から六甲体操部の歌をご案内頂きましたので、食事の合間に皆で視聴しました。懐かしい写真付きの動画です。https://youtu.be/q6F1jpaMCrw

また、今回は32期築森氏・33期値賀氏の若手2名の初参加もあり、「楽しかった」との感想を聞き、幹事はホッと一息(笑)

 

また集う日まで、皆様、健康に留意されお元気にお過ごしください。

 

体操部ホームページ(https://sites.google.com/site/rokkotaisobu/home )が手違いで消失しましたこと、皆様にお伝えします。新たに再構築を目指す考えです。

なお、体操部OB会報告は初回から全て伯友会ホームページ(https://www.hakuyu.jp/)の「投稿記事」にて閲覧できます。

 

(文責:第8回体操部OB会幹事 29期浅香晃一、rokkotaisobu@gmail.com)

著書「高みをめざして ~六甲精神の源をさぐる~」購入受付


このほど、六甲学院の前校長である古泉肇さん(30期)が、初代校長の武宮隼人先生の理念と事績を中心に六甲学院誕生の物語をまとめられた「高みをめざして~六甲精神の源を探る~」という本を上梓されました。佐久間さんという名前のほうが馴染みぶかい方もおられるでしょうが、古泉さんは、1967年に30期生として入学、1977年から数学教員として母校で勤務された後、2015年に第9代校長に就任そして2021年に退職されるまで、長きにわたり六甲学院とともに歩んでこられました。

本の内容は、六甲学院の教育理念に始まり、武宮先生の名言を紹介し、六甲精神のルーツが語られるほか、学校生活や六甲学院の伝統などについてもわかりやすくまとめられています。(詳しくは目次参照)

巻頭言の中で古泉さんは「私はこの本で「原点に帰る」、すなわち「創立時の六甲に遡ること」、そして武宮隼人初代校長先生が実際に行った(目に見える)教育を通じて、目指していた(目に見えない)教育を探求することで、「六甲精神とは何か」「六甲らしさとは何か」を皆さんと共に考えていきたいと思います。」と述べられています。
六甲学院は80年以上の歴史を有し、時代の変遷や社会の変化とともに、各期の卒業生がイメージする六甲精神もそれぞれ異なったものとなっていることでしょうが、この本によって、あらためて考えなおしてみるきっかけになるのではないかと思います。

六甲学院誕生物語
高みをめざして ~六甲精神の源をさぐる~

A5判 247ページ 2022年3月19日発行
編集・著者 古泉肇(こいずみはじめ)

※ご希望の方には1冊2000円(送料込み)で古泉さんより頒布されます。
伯友会では販売しておりませんのでお間違いなきようお願いします。
※下記のフォームよりお申し込みください。古泉さんより振込先案内とともに現本が送付されます。(振込手数料等はご負担ください)
※なお申し込まれた各自の情報は古泉さんにお伝えしますのでご留意ください。

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