伯友会

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同期会だより

43期同期会

開催日:
2015年1月9日
場所 :
「老上海」三宮
参加者:
(後列左から)岡田、小幡、大西、古谷、西本
(前列左から)浅野、古土井、飯塚先生、平尾、山本、村岡

43rd

東京で「いじめ予防」に熱心に取り組んでいる弁護士、平尾君が母校で講演をするということで、下打ち合わせに来神。それに合わせ三宮の上海料理「老上海」で同期会を開催しました。

講演会の橋渡しをしてくださった飯塚先生もゲストで来ていただき、少人数でしたが懐かしい話、最近の動向など多くを語り合いました。

かなり風貌が変わったメンバーもいれば、全く変わらない者もいて、これも時を経て会う楽しみの一つですが、それぞれの持つ「六甲精神」(今はそう言わないそうですが)は健在で、互いに大いに刺激を受けました。

飯塚先生、お付き合いいただき本当にありがとうございました。
次はさらに多くの仲間と盛り上がりたいものです!

大西 潤

30期新年会顛末

開催日:
平成27年1月3日(土)
場所:
カソリック神戸中央教会・大豆屋
参加者:
12名
松浦、古泉(佐久間)、園田、高橋、出口、島田、村田良、宇治、秦、中道、上田茂、柿本
東京は不明、多数

30期も昨年中より次々に還暦を迎え、退職など第2の人生を送るものが多くなった。

5、松浦神父、ミサ上達

そもそもが平成26年12月13日にミュンヘン神戸大使館で忘年会をやったことがきっかけだった。同期H君が入院直前だったので励ましも込めてやろうと呼びかけたところ、東京、札幌をフェイスブック中継する大変なものになって、合計参加者30名位になる。その日は例のごとくどの会場も酒乱が出てシッチャカメッチャカに終わるというパターン。それで年明けはまじめに?定例の新年会だが、松浦謙神父の呼びかけで同期の逝去者を弔うミサから始めようという事になった。遠く西脇より園田も迎え、4時より松浦師司式、古泉(旧姓佐久間)新校長が侍者を務めるという豪華な顔ぶれで5人の逝去者(岩本、大野、上田誠、森泉、鈴村)のために捧げた。大野の奥さんも出席して下さり、旧交を温める。六甲学院讃歌、六甲学院校歌をみんなで久々に斉唱した。いい歌だ。

その後会場を替え、大豆屋で一風変わった鍋に舌鼓をうつ。けしからんことにこのミサに来ず、この会場に直接来た奴が約2名、その吊し上げから始まる。九州在住の出口や福山から来た上田茂らも久々を感じさせず、まるで昨日卒業したような話の輪の中で、それぞれの現況報告、まあ、しかし「老後」を感じさせないバイタリティあふれる話が続く。実はこの時間東京の有志数名がまた高円寺「ブリキの時計」(30期金澤経営)に集まっていて、今度は携帯で連絡し合いワイワイ話が盛り上がる。

25、二次会メンバー

これが引けた後は正月からコネを効かせてこじ開けた2次会のスナックへ、ハイボールを飲み続け、さらに3次会場へ、結局幹事の一人崎は家に帰らず、園田とホテルに泊まることになったという長い長い一日であった。
さらに後日1月14日この会に出席できなかったメンバーが約10名、どこにでも現れる高橋・島田の音頭で続新年会を開いたという。よう集まる学年だ・・・・

11、参列者集合

17期忘年会

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12月11日木曜日に、恵比寿の「春秋ユラリ」で、恒例の年末同窓会を開催しました。
参加者は下記の15名(敬称略)です。
昨年に引き続き関西から小島君が駆けつけてくれました。
久しぶりに、河西君が元気な姿をみせてくれました。
午後6時からワイワイガヤガヤと楽しい時間が過ぎて9時前に散会しました。

(久保田記)

参加者名:
内田、小坂田、米村、横田、田邊、及川、西澤、前田、徳大寺、小林、成宮、河西、小島(関西)、藤田、久保田の15名

8期同期会

開催日:
2014年11月22日(土)
場所:
ニューミュンヘン神戸大使館
参加者:
稲森・上橋・奥・小倉・岡田(二)・尾上・白石・空岡・高橋・長森・馬場・藤原

8期

今年の会場はニューミュンヘンの神戸大使館。8階建て430席,地下で地ビールを醸造する巨大なビヤホールである。今年会場をここにしたのは「エレベーターがある」・・・からである。歩行不自由者には階段の利用は無理という昨年の提言に応えて、今年は「エレベーターがある」が、会場探しの必須条件になった経緯がある。

正午12時に開会、馬場信次君が3年ぶりに会を仕切る。長い闘病生活を感じさせない元気さである。出席者は12名。出席を決めながら,直前の不調による欠席が3名出たのは残念だ。山田康之君と鈴木英夫君それに大村眞司君である。一方久方ぶりの顔もあった。上橋正直君と稲森次郎君の二人、両君共に約十年ぶりである。二人とも奈良県からの遠距離出席、大変ではあろうがこれを機に是非出席を続けてもらいたい。

欠席者の近況報告によると,今尚仕事を持っている人がいる。事業や家業または奉仕活動などなど、それぞれ取り組んでいることがあるので欠席すると書かれている。一例を披露すると、ある私立女子大の剣道部の師範をしているという人がいる。詳細は分からぬが剣道部の師範となれば、相当の体力がなければ勤まるものではないだろう。是非一度クラス会に来て、その活動ぶりを聞かせて頂きたいものである。

名カメラマン鈴木君の欠席で、今年は馬場君と小倉君のカメラで集合写真を撮る。シャッターを押すのはフロアー係りの女店員。ニコニコと愛想よく「ハイチーズ」を繰り返しながら、大型小型二種類のカメラを手際よく操る。

二時半になって解散。今年も皆んなが笑顔で過ごしたクラス会は無事終了である。帰途一緒になった尾上芳郎君が杖をついている。今まで彼は元気組の一人。驚いて尋ねると急に転倒して足を痛め、今は杖がなければ歩き辛いと言う。やはり今年は「エレベーターがある」に拘って良かったのだと思った。

(奥 昭 徳 記)

むとせ会古希の集い

古希の集い集合

2014年11月16日、新神戸のANAクラウンプラザホテル神戸に49名が集結した。

2014年は古稀にあたり、久々の同期会である。正式な同窓会として前回は還暦の2004年に淡路島の一泊で開催したが、T君の葬儀に集まった有志からプレ古稀の提案があり、昨年関東と関西の中間ということで浜名湖の舘山寺温泉に集まった。しかし平日実施に現役からの不平が出、また浜松停車の新幹線が少ないことにも愚痴が出た。何歳になってもうるさいことである。

今回は幹事が知恵をしぼり新神戸駅直結のホテルで、午後1時から3時間の飲み放題で、しかも各人の挨拶はなしで、ひたすら旧交を温めることに専心するという、心のこもった企画であった。開宴前にホテルの写真室で記念写真の撮影があり、「カメラはキヤノン」を再認識した。

開会のあいさつの後、52年ぶりの再会もあり、またあちこちで「あそこにいるのは誰や」との声が聞かれたが、時間の経過と共にその顔が昔のそれに戻っていくマジックが随所に見られた。

三時間も間が持つのかとの不安をよそに、和やかに会は進行し、あっという間に四時を迎えた。またこの一年に3名が平均余命を全うできず鬼籍に入った旨の報告があった。

この年になると話題の中心は健康のことになり、「次回はいつだ」という不安の声も聞こえた。そのままおとなしく帰る奇特な人もいたようだが、多くは部活の仲間同士など、いくつかのグループに分かれて二次会となったが、さらにそのいくつかのグループがトーアロードの「がんこ」に集まり、一層の旧交を深め合った。その後有志数名が元町に繰り出し、大いに昔を懐かしみ大団円を迎えた。

(辻 定彦 記)

関東地区31期同期会

開催日
2014年11月15日
場所
パレスホテル東京「グランドキッチン」

11月15日(土)、パレスホテル東京内のレストラン/グランドキッチンにて、約1年ぶりに関東地区31期同期会を開きました。

会にはブランガン先生、はるばる山口から栗田先生、名誉会員の大渕緑さんにも参加をしていただき、総勢20名のにぎやかな会になりました。ビュッフェスタイルの立食パーティー形式でしたが、それぞれの料理はどれもとても美味しく、またドリンク類も充実しており、大満足の内容でした。
さて、我々31期も還暦まであと1年となり、皆それぞれに還暦以降の人生計画を立てつつある事を話しながら、それぞれが元気に過ごしている事を喜び合って、3時間あまりの時間を楽しく過ごしました。

ブランガン先生は昨年同様とてもお元気で、先生の張りのある声を聞くと中1の授業中に戻ったような気になります。また栗田先生も益々お元気で、校長として御勤務される山口県ザビエル高等学校の目覚しい躍進ぶりには、参加者全員驚きです! TV山口の取材では、藤原紀香似の女子アナから「自分の娘が入学するまで、待っていて下さい!」と言うラブメッセージをいただいたそうです。

会の後半には、それぞれの近況などをひとりひとり報告しあい、来年の同期会での再会を楽しみにしながら散会となりました。来年の関東地区同期会の幹事は片桐、目代両氏にお願いし、相談役として大渕緑さんにも引き続きご援助をいただくことにしました。関西組の担当幹事の方と緊密な連携を取っていただき、また一段と楽しい同期会/還暦祝賀会が催されることを楽しみにしています。

(畑辺三千夫 記)

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前列:太田 栗田先生 中井 大渕 ブランガン先生 宮本 大竹 杉江 小野
後列:西川 上松 高木 目代 片桐 倉光 前田 坂本 奥西 江見 畑辺

34期同期会

開催日:
2014年11月8日(土)
場所:
宝塚ホテル
参加者:
(来賓)飯塚先生、埜藤先生
(懇親会)伊井康高、井関泰文、江見丈、大畠康平、加藤賛、鴨志田泰、北川康作、鍬形安行、小林正彦、斉藤彰、佐々木裕、佐藤俊介、髙田明、田尻一裕、鶴田博己、中村俊一、西寿美男、西村達衛、野村(口野)正富、長谷部斎、原田英一、林(和田)豊、藤岡英明、森一郎、矢嶋悟、安田健治、山本慎一、安光立也
(2次会から)正伝二生

34期20141108
秋に同期会を開催するのも六甲学院創立75周年の年から数えて3回目となりました。50代半ばとなった同期28名が集まり、当時最若手の先生だった飯塚先生と埜藤先生をお招きし、まるで10代に戻ったようなひと時を過ごすことができました。
懇親会は、佐々木裕君の名司会により、校歌斉唱で始まりました。37年振りにみんなと顔を合わせた矢嶋悟君と森一郎君の卒業後から近況までの報告のあと、埜藤先生に乾杯のご発声と、某国関係の教科書に書かれていることに関する興味深いお話をうかがい、飯塚先生のご挨拶では、原発関連のお話をいただきました。英語や化学ではなく、まるで政治経済の授業を受けたような感じでした。

懇親会に先立って宝塚GCで行われたゴルフコンペは伊井康高君がニアピン4つを獲得して優勝、コメントでは、海外で「日本人でよかった。先人のお蔭で誇りを持って現地の方々と仕事ができる」との話がありました。佐藤俊介君による山岳部OBの今夏の立山登山の報告に続き、林豊から六甲学院の最近の状況についての報告をしました。各席にマイクを回して行った参加者全員の近況報告では、「六甲時代にもっと英語を勉強していたらよかった」との反省も多くあり、「この宝塚ホテルで結婚式を挙げました」といった話も何人かありました。最後に『六年の春秋』と『六甲学院讃歌』を懐かしく歌い、あっと言う間にお開きとなりました。
34期ゴルフ
西宮北口に場所を移した2次会にも、ほとんどのメンバーが参加し、2次会から正伝二生君が合流し、話し足りなかった話に終電まで花をさかせました。

今後も同期の懇親会やゴルフを予定しております。34期の皆さんのご参加をお待ちしております。

(林 豊 記)

3期会開催

期日
2014年10月27日
場所
燦(交通センタービル)

3期

毎年の事ながら開催日近くなると、本人の体調不良、また家族や孫の病気や怪我等々色々と故障発生し、今年も8名の集まりに留まりました。

少人数とはいえ三浦君は東京から、また坊野君は四日市からの来神にて1年間の苦労話や面白おかしい話に花が咲き、3時間の予定はアッと言う間に過ぎ去りました。飲み足りない人、話足りなかった人たちは席を改めて時の経つのを忘れたようです。

お互い90才がそこまで来ていますので、より慎重に過ごすことを誓い散会しました。

鈴木良憲 記

29期 2014年度 懇親会

開催日:2014年10月25日

2014年10月25日に、三宮・創作料理Pelle(ペレ)にて、植田くんのお世話により2014年度の懇親会を開催しました。親御さんの介護のために東京から関西に帰ってきた北村くんや岸本くんをはじめ、介護の話題が多く出ました。還暦を過ぎて、仕事もほどほどにして、人生を楽しめる年代に入ったようでも、介護など大変な事情があることもよく分かりました。各自から近況報告を頂き、最後に校歌と讃歌を大合唱して、お開きとしました。
20141025六甲29期懇親会
写真の出席者は、
最左列手前から、高橋、北村、森田、前田、橋本正治、矢野、岸本
2列目手前から、植田、大島信一、河西、山田、田原進、藤井則雄
3列目手前から、依田、堂免、奈須、西本、最右列手前から、松本宏、入江、芝山
(敬称略)の20名。

記:松本 宏

2014年度22期同期会報告

22期

2014年度の22期同期会は9月15日敬老の日に、13時から神戸ベイシェラトンホテルで開催し、35名が参加しました。全員が家族にお祝いをしてもらえる立場なのに、それを辞退しての参加ということです。昨年10月27日に同じ場所で開催して以来約1年ぶりです。昨年は30名だったので、今回は5名増加です。

今回も、各員への案内にあたって、野田哲夫君のアイデアと指導で作成したGoogle のGroup サービスを活用しました。これは、各メンバーが互いにその他の全員に対して容易に情報を発信できるものです。昨今問題になっている個人情報の保護もしっかりできています。これを使って、参加を呼びかけ、しかも、何回も中間集計を出すことで、関心を高めて、過去何回もあった「忘れ不参加」をなくしました。
e-mail アドレスをもっていないメンバーへは、伯友会事務局に大変お世話になりました。案文を送付するだけで、それを往復はがきに展開して送付までして頂き、非常に楽でした。ありがとうございました。

当日の進行役はサッカー部の辻禮治君、写真係は近藤吉美君、受付会計は、多田光男君、三島秀樹君が務めてくれました。開会に先立ち、この集まりの直前に逝去された河内淳君に、彼を偲んで黙祷を捧げました。

今回、一番遠方からの参加は秋田県から参加してくれた飯島寿佐美君です。関西地区以外からの参加者は7人と多く、彼らは前日、翌日のゴルフを楽しんでの本日の参加者が多いです。

今回の「血湧き肉躍る新たな挑戦」の紹介は、1)大学の女子バスケット部のコーチをしているという三島秀樹君、2)大学の準硬式野球部の監督を引き受けたという伊藤真人君、3)フルマラソンに挑戦しようという猿谷正浩君、4)六甲時代は運動部だった、坂尻好朗君と濱田が坂尻編曲のギターとフルートの二重奏に挑戦したこと、等です。その他各自の近況報告で印象に残ったことは、1)東北の被災地の現状はまだ、「整地された」という段階だと報告してくれた仙台から参加の楠田徹彦君、今は就職支援を行っているそうです。2)卒業以来しばらくぶりに母校を訪問したら、クラブが廃部されてショックを受けた軟式テニス部の高田明君。最古の運動部だそうです。今上天皇の皇太子時代のご成婚時のミッチーブームでは一学年150 人中、100 人が入部して、佃先生から「サッカー部にも回せ」とこっぴどく叱られたという程の名門クラブだったのに。3)対照的に、昨年の改築で人工芝の専用グランドを貰って喜んでいたサッカー部の辻禮治君、宇川裕君、伯友会中部支部の役員をしている久しぶり参加の三宅譲治君。4)陸上競技部のこの会への出席率が悪いので、来年こそは出席者を増やしたい、と言ってくれた大寺豊君。5)父親がエジプトのハイレシェラセ皇帝の侍医をしていたが、政情不安で危険になり、辞して日本へ帰り、海星病院勤務となったのをきっかけに、六甲へ中3で編入となったという逸話を紹介してくれた、北徹君。

来年2015年は卒業以来50年となるのでそれを記念する集まりを開こうとの提案については、宴会の前に、六甲学院の校舎の見学を取り入れることになりました。昨年の校舎改築を見ていない者も多く、満場一致で了解しました。(文責:濱田敏夫)