伯友会

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同期会だより

30期新年会顛末記

開催日:
1月9日(神戸)
参加者:
岩佐、宇治、上田(茂)、江良、大木、岡本、蔭山、神戸、木村、黒田(慶)、小泉、小林(道)、古泉(旧佐久間)、崎、島田、鈴木(耕)、園田、高橋、中内、中田(正)、中道、野村、橋本、秦、福嶋、福井、藤澤、松浦、三宅、村田(良)、村田(真)、横山、渡邉(正)、緒方
開催日:
1月3日(東京)
参加者:
金澤、寺井、山村、中山、房、石川、藤井

[神戸]

[東京]

毎年年始め恒例になっている逝去者追悼のミサと懇親会、その後新年会のパターン。1月9日、昨春東京へ転勤になっていた松浦神父に来てもらい、神戸中央教会を借りてミサから始まる。今年は岨先生が新たに逝去者に加わられた。中1での出会いから若手の担任として私達に最も近しく接してくださった先生だけに同窓の思いも深いものがある。神戸だけの同窓会にしては異例の30名以上の参加者で粛々と行われた。松浦神父の説教も堂に入ったもの、まあみんな60過ぎてるんだから人生経験も豊富だわ。村田(真)君の伴奏も意外(失礼)と上手、讃歌、校歌で締めくくる。懇親会は隣接の会場で、各自の自己紹介やら冷やかしやらで和気あいあいと、それぞれが岨先生や同期の逝去者との関わりを紹介する。また現状、最初の会社を退職し第2の人生のやりくり、病気のことなど「元気に」話す。癌の専門の小泉君が生き残っているのが心強い。再就職組も多いのだが、62歳程度ではみんな忙しくしているし、F君はそのまま、「大人しくなった」と自称しているK君も相変わらず大阪近辺でよく遊んでいることも分かる(笑)。

場所を変えて、三の宮の「近江屋」で同窓会、ここから参加という数名を加えて更に濃密に会が進む。T教団の元締めのようなW君、流通科学大学長の中内君、まあ、この二人が30期のパワーの最たるものであろう。外科医、歯科医、獣医に至るまで医者が多いのも同期の特徴だろう。心強いものである。3時間飲み放題がなんと短く感じられたことか。結局全員とゆっくり話す間もなく、「また会おな!」でお開きに。

関東のメンバーも1月3日に高円寺「ブリキの時計」(金澤君がマスター)で集まりました。3が日なので多数ではありませんでしたが旧交を温め、また現状を雑談したりしました。関西から、東京に実家のある村田(真)君が参加、山の話や旅行の話を肴に時間を忘れて話し合いました。

文責:崎 正則

26期の2016年納会のご報告

開催日:
2016年12月29日
場所:
心斎橋の居酒屋「おさかなやたいまつり」
参加者:
写真の前列左から
中井芳紀、藤原光文、高山義博、立間康裕、白井栄一、戸田裕史、金山 巧
(前列の一番左側はまつりのオーナーの井川さん)
写真の後列左から
衛藤照夫、徳永敬治、中島敏夫、駒井正俊、黒井良治、神戸 寿、居内健二
姫田和明、辰巳貞一、多次貞二、藤田直巳(18名)

2016年12月29日、心斎橋の居酒屋「おさかなやたいまつり」にて26期の仲間18名が参加して納会を行いましたので写真と共にご報告致します。

つい先日の新聞で我々の世代である65歳から74歳の年齢層は高齢者ではなく准高齢者と定義されてしまいましたが、これに屈することなく我々の世代の頑張りがこれから日本を背負っていく子供たち、孫たちの世代を育てていくと思って己のペースを守って頑張って参る所存です。

徳永敬治 記

12月17日の忘年会報告

心軽やかで,楽しい集まり(大阪市福島区)でした。
参加者は,写真左から,
佐藤・山田惠喜・小守・山村・羽間・高山・林(7名,敬称略)です。
会計報告も素早く,価額もリーズナブルです。
飲み放題付き5,900円×7=41,300円

16期関西・関東分散同期会

最近は神戸or東京に全員が集まるのは体力的にも経済的にも困難となってきたので、今年も関西と関東別個に同期会を行った。

(関西)

日時:
平成28年11月24日(木)13:30~16:00
場所:
三宮「千人代官」
出席者:
相澤、東、荒木、尾上、金井、神谷、北村(史)、北村(豊)、後藤、小林(弘)、近藤、新海、杉本(静)、杉本(福)、千葉、春名、平松、目賀田、森垣、安井、屋代、山名、吉岡、吉田(弘)

今回は「阪神会」が当番幹事なので、三宮での開催となった。開始30分ほど前から三々五々集まって再会を喜び合い雑談が始まり、「お前、誰やった?」との会話もチラホラ。

今回久しぶりに遠路大分県から参加頂いた荒木君の乾杯でスタートし、欠席者を含め全員の近況報告があったが、時期的にNHK朝ドラ「べっぴんさん」と神戸開港150年が話題の中心となった。ファミリアの元取締役K1氏や創業女性グループを伯母に持つK2氏からドラマとは異なる事実の紹介があったり、先祖が神戸築港に貢献された森垣亀一郎であったり、楽しい懇親会で、最後に記念撮影を行い終宴となった。次回は、「すまうら会」幹事で開催の予定。同期会の後、有志で2次会を行い田中(信)君と田中(清)にも会った由。

毎回元気に参加されていた生嶋一男君が平成29年1月に亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。

(吉岡啓次 記)

(関東)

日時:
平成28年11月30日(水)11:30~13:30
場所:
和食処 北大路「八重洲茶房」
参加者:
明渡、岡田、今井、佐々木(武)、澤田、柴田、竹岡、田中(真)、土田、中谷、中浜、藤井、山田、渡邊

消息確認メンバーは30名程度ですが一年に一回の忘年会(11月末開催)には例年約50%の出席率です。古希を過ぎて喜寿ゾーンへ突入していますが皆さん「五体不満足」ながら元気一杯です。足腰の痛みから最近は歯と目の症状の話題が多くなっています。忘年会の料理も中華料理からヘルシー和食に切り替え、会食場所も東京駅から徒歩5分程度の近くにシフトしたのですが、目的地の傍まできて30分近く徘徊しているものが数人います。

忘年会の他に春秋2回のゴルフコンペを開催していますが徐々に参加メンバーが少なくなり3年前から甲陽学院との合同コンペにしています。いずれにしても皆さんかなりよれよれにはなってきていますが全員集合すると約60年前の元気が甦っています。

昨年は病気療養中だった中井一吉君が8月に亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

(岡田俊一 記)

10期会報告

開催日:
平成28年11月29日 12時
場所:
神戸銀行倶楽部
案内数:
46名
出席者数:
18名
左下より:菱川、門田、都出、井上、安永、森、木津、本山、植田、
左上より:柴田、立花、川村、浜田、鈴木、岩崎、小野、佐藤、中村

年を重ねるごとに参加者が減るのが世の常でありますが吾が期はここ数年20名前後と変わっておりません。
話題は毎年同じ様な内容ですが大切な事は老体にムチ打って参加しお互い生かされている喜びを感謝することに意義があると思いました。

事務局より:赤字部分は原本にありませんが抜けているのだと思います・・・

29期2016年度懇親会ご報告

2016年11月26日に、三宮・おばん菜「きむら猫」にて、2016年度の懇親会を開催しました。母校卒業以来、初めて参加してくれた磯貝くんから参加するきっかけとなったエピソードを紹介して貰いました。世間は狭い、特に関西は狭いと感じられます。続いて、出席者から近況報告を頂きました。八木くんは、かなり痩せましたが、理由はフルマラソンに参加するようになったからとのことでした。また、奈須くんからは、薬治療では10年間、治らなかった糖尿病について、糖質を取らない食事治療によって克服出来たとの報告も有りました。今からでも、出来ることから始めれば、まだまだやれるという印象を持ちました。

(文責 松本 宏)

29期

写真の出席者は、後列左から、橋本正治、奈須、前田、田原進、垂井、畠中
2列目左から、山田、藤井則雄、八木、高橋、植田、前列左から、松本宏、
磯貝、大島信一、山下太郎(敬称略)の15名。 以上

2016年六甲学院関西24期同期会忘年会

日時:
2016年11月26日(土)18時
場所:
香港海鮮料理「椰林(ヤーリン)」阪急御影駅前
参加:
石光、鳥居、向井、佐伯、山崎、三舛、島田、吉岡、門岡、小林健、小林仁、西林、松岡、佐柳、岡田、井上、森田、越智、森、山田耕、横山、大澤、塚本の関西23名
関東から 加藤、ゲストに 山田耕の息娘 の計25名出席。

幹事の大澤君と横山君の事前準備にあまえて、伯友会会長、石光一郎君を中心に、忘年会と銘打って、阪急御影駅北の香港海鮮料理レストラン「椰林(ヤーリン)」に集合した。

大澤君の努力によって、毎回、同期会が開催されているので、ほとんどの参加者が、常連であり、特に、個々人の順次近況報告をと回す様な挨拶も無く、和気あいあいの中、始まった。
飲みものは、飲み放題であったが、ほとんど温めた「紹興酒」をあたかもチェーンの様にオーダーし、飲み進んだ。

今回の会の話題としては、一つには、石光会長から、伯友奨学基金が予算をすでにオーバーして集まっており、謝礼の言葉があった。また、重い病気に長く臥している辰巳君が、新たな薬が効を奏して、少しずつ持ち直していること。小林健次郎君が、秋の褒章で、黄綬褒章を受賞されたので、皆で祝った。受賞式の時の特に奥様の着物には、それ相応にご苦労されたとのことであった。ちなみに、黄綬褒章は、業務に精励し衆民の模範である者に与えられるそうだ。

また、最大の重要課題は、2017年24期生卒業後50年を迎えるにあたっての記念会について、関西24期同期会の総意を決めることにあった。

  1. 開催日:2017年6月17日(土) 詳細時間は未定。
  2. 場所:外国倶楽部および北野オールディズ
  3. 会費;関西にて開催するので、関東のメンバーに対し、割安な設定に配慮。
  4. その他;アトラクション、記念アルバムなど更なる詳細は今後詰める。

最後に、詳細設定とともに、出席メンバーを増やすよう、相互に声掛けすることを約束
しつつ、添付の総合写真撮影後、解散した。

(塚本次郎 記)

秋の「17会(いいな会)」

日時
11月25日(金) 9:03スタート 清水~大洞 4組
場所
関西クラシックゴルフ倶楽部

秋の「17会(いいな会)」

いいな会の皆さん、先日はお疲れさまでした。天候に恵まれ暖かい一日で楽しくゴルフができました。これも皆さんの日頃の精進(執念)のたまもの と思われます。

岸さん今回ばてたようですが次回は足腰を早く調整して頑張ってください。森さん 幹事ご苦労さんでした。いろいろご指示頂きありがとうございました。

次回幹事の大村さん・徳大寺さんご苦労様です。宜しくお願い致します。

南谷記

8期同期会報告

開催日
平成28年11月11日(金)
場 所
神戸三宮 「燦」
出席者
岡田(三)・奥・小倉・尾上・大西・白石・鈴木・竹川・豊田(昇)・豊田(裕)・中村・長森・藤岡・馬場  計14名

今年は東京より、豊田裕正君が元気な姿で参加されました。また、大病を患い現在も療養中との大西君も参加されました。山田君から今回は欠席ですが、次回参加したいとのメールを頂いております。そしていつもOB会には、毎年参加されていた藤原君が逝去された事を、白石君より話しがありました。心よりご冥福をお祈りいたします。

話題は病気・手術・老後の事等で盛り上がり楽しい時間は瞬く間に過ぎ、馬場君の締めで、「皆さん次回も元気な姿で会いましょう。」と誓い、散会しました。

(豊田 昇 記)

12期同期会

開催日
平成28年11月9日
場所
ポートピアホテル 30階 プレンデトワール
出席者
池長、内本、小野、北、小島、小林(宣浩)、渋川、島津、種子田、田淵、堤、戸上、中村、藤原(泰)、鷲尾、那谷、久山、中森、中西
関西在住者 64名中 出席者 19名<

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18歳vs81歳。

「人生につまずくのが18歳、小石につまずくのが81歳」12期は丁度この年齢になります。「乾杯で会を始めるのが18歳、黙祷で会をはじめるのが81歳」ということで、名誉大司教の池長君に、お願いして48名の鬼籍者に、追悼の黙祷、引き続き乾杯の音頭をお願いし、互いの健康とこれからも、多くの会員が顔合わせできるように頑張りましょうの言葉で、会が始まった。欠席の理由は、本人の高齢からくる身体的不調と家族の健康問題等である。次回は、少しでも回復されることを祈る。会場での着席は、向かい合わせで、細長く伸び、その上、隣接して一般席もあり、全員に、伝達することが難しく、隣どうし、向かい同志と話しが弾みだし、最後まで周知徹底できず、改めて紙面をかりて、不手際を、お詫びします。良かったことは、久しぶりに、戸上君が、何年振りかで元気に参加してくれました。本人は、自分の顔を皆さん覚えてくれているか心配していましたが、直ぐにわかりました。次回、より多くの方々の参加を期待致しております。

2時間の予定が、あっというまに過ぎました。久山君の。来年も元気に逢いましょうの閉会の挨拶で終了後、全員で写真撮影しました。

会合に於ける最も重要なお知らせ;

それは、六甲きっての、超真面目を絵に描いた 五十嵐 温彦君の、「日経新聞」の記事であります。昨年10月21日朝刊の文化欄に「戦没7200隻の航跡たどる」です。この誌上で、12期以外の方々も関心をもってください。彼は、現在に至るまで、家族、兄弟、親戚等、遺族の方々が、まだ健在の内に、沈没で、亡くなられた身内の状況が、何の資料もないまま、船名も、誰が乗船いたのか、何処に向かっていたのか、何もわからないままでは、あまりにも気の毒ではないかという強い思いで、調査はじめた。判明したのが、殉職船跡資料として現時点で、33冊が、完成した記事です。これはまだ、全体の3割強にとどまり、本人は、命の続く限り、調査を続けていく決意だそうです。私は読みまして、さすが五十嵐君らしいと、国家がやるべき事を、一個人が、それも自費出版で、神戸の資料館、海事図書館、日本殉職船員顕彰会に届けていることに、拍手を送るとともに、非常に感銘を受けました。

私事になりますが、太平洋戦争で、3人の叔父を亡くしましたが、その一人は、南方の太平洋上で、死亡広報の知らせのみでした。私の父親から、生前、若くして死んだ弟が可哀そうと、何度も聞かされていました。私に出来ることがあれば協力させていただきます。終わりに、本年は、戦後72年になります。戦争体験者が、徐々に少なくなってきたこの時期、もし時間があれば、是非読んでいただきたい書籍を、推薦いたします。永井 隆 博士の、広島原爆で、亡くなるまでの状況を、克明につづられた、二人のご子息を、心配しての「この子を残して」と、大岡 昇平の「野火」です。12期は、国民学校に入学、突然の空襲警報や警戒警報のサイレンで、家の地下壕や、外の地下壕に隠れ、そのうち戦況悪化で、縁故疎開と集団疎開二組に分かれて、遠くに疎開し戦後は、自宅が、残っていれば、もとの学校に、なければ家探しからスタートしたのです。私も3回転向をしました。「戦争を知らない人間は、半分は子供である」と大岡昇平は、作中独白させています。世界が不安定なこの時期、昭和24年卒業後の、過ぎ越し方を、互いに顔合わせして、はなしあえる同期の良さを、再認識する良い機会であり、明日への力にしたいものです。
以上。

(那谷 昌弘 記)